表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第11章 呪われた王
153/227

11-10

みゆは扉をノックして,部屋にいるであろうルアンに呼びかけた.

すぐに足音が近づいて,内側から扉が開く.

「ウィル!」

彼は満面の笑みを浮かべて,そのまま表情を固まらせた.

成長した息子に,

「むさ苦しくなったね.」

と,コメントする.

「ルアンさん.」

正直すぎる彼に,みゆはあきれた.

確かに今のウィルは男くさいし,僕というかわいらしい一人称が外見にそぐわないが.

「お父さんは変わらないね.」

ウィルはくすくすと笑った.

みゆとウィルはルアンに促されて,廊下から部屋へ入る.

ルアンが泊まっている宿の部屋は広く,バルコニーもついていた.

ベッドのほかに丸テーブルと二脚のいす,壁際にはソファーとタンスもある.

「ミユちゃんを,神聖公国から連れてきてくれてありがとう.」

ウィルが礼を述べると,ルアンは振り返った.

「カーツ村までだったけどね.」

息子の肩に手を伸ばす.

「こんなにも大きくなって,」

ウィルの身長は,ルアンと同じくらいになっている.

二年前は,ルアンよりも低かったはずだ.

「産まれたときは,あんなにも小さかったのに.」

ルアンの両目に涙が浮かび,ぽたりぽたりと落ちる.

「産声だって小さくて……,僕は君までいってしまうのかと…….」

しかしウィルは,あっさりと話題を変えた.

「お父さんに頼みがあるんだ.」

「頼み?」

きらーんと,黒の瞳が輝く.

息子に頼られるのが,うれしくてたまらない顔だ.

彼はみゆたちにいすに座るように勧め,自身はソファーに身を沈めた.

「お父さんの力で,ユリを異世界に返してほしい.」

腰かけたウィルが,テーブルの上でほおづえをつく.

ルアンは複雑な表情になった.

「彼女はチキュウへ,帰るつもりがなくなったよ.」

「どうしてですか?」

みゆはたずねた.

わが子を捨ててまで,カリヴァニア王国に来たのに.

「ライクシード王子のそばにいたいらしい.」

ルアンは苦笑する.

「彼には迷惑なことだけど.」

王城の廊下で会った百合の様子を,みゆは思い出した.

彼女は心細そうに,ライクシードを見つめていた.

やせた小さな体で,何も持たずに.

「白井さんがここまで来たのは,ライクシードさんのためだったのでしょうか?」

地球へ帰りたいというのは口実で.

百合とライクシードは,神聖公国の城で知りあっているはずだ.

「いや.王子に親切にされて,すがりつきたくなったのさ.」

みゆは何も言えなくなる.

「彼女は先のことを,何も考えていないよ.」

突き放すような,それでいて心配している口調だった.

「ユリのことよりも,――ウィル.」

ルアンは悲しげな雰囲気をまとったままで,息子に向き直る.

「ドナート国王から,カイルのことを聞いた.」

かすかに,ウィルの顔がこわばる.

みゆはできるだけ触れないようにしていたので,真っ向から切り出したルアンに驚いた.

「彼は,暗号の本に書かれていた神の意志に従っただけだ.」

ルアンは,寂しげにほほ笑む.

「君は悪くない.カイルを守れなかったことで,責任を感じることはないんだ.」

部屋に,沈黙が降りた.

やがてウィルは,ほおづえをついていた手を降ろす.

「師匠は,僕の目の前で首を切った.」

抑揚のない声で告げる.

「僕を道連れにした方がいいって,」

「ちがう!」

ルアンは立ち上がった.

みゆも叫びたかったが,彼の方が激しかった.

「カイルはまちがっている! そんな言葉に従うことはない.」

ウィルの肩をつかみ,揺さぶる.

「君は生きるべきだ.リアンの分まで生きて,幸福になってほしいんだ.」

ウィルは迷った顔で,目をそらした.

床を苦しげに見つめ,ゆっくりと口を開く.

「カイル師匠は死に場所を探していたのじゃないかって,ドナート陛下がしゃべっていた.」

「そうかもしれない.」

ルアンはまぶたを伏せた.

「ならば君は巻きこまれただけだ.」

「でも師匠は,」

頼りない声で,だがウィルはしっかと反論する.

「僕の知っているカイル師匠は,ずっとつらそうだった.」

みゆは,胸をつかれた.

ウィルはきっと,カイルの不幸に寄りそっていたいのだ.

みゆの想像以上に,カイルはウィルにとって大切な人だったのだ.

ルアンは,ウィルの体から手を離す.

腰を降ろして,いすに座っているウィルと目を合わせた.

「ウィル.今度こそ,僕の言葉を信じてほしい.」

一心に,息子に視線を注ぐ.

「僕は君を愛している.君の父親は僕だ.」

ルアンは微笑した.

「カイルが何を話したとしても,僕が否定する.君は,僕とリアンが愛し合った証だ.望まれて産まれた子どもだ.」

ウィルは黒の瞳を,ただ見開いていた.

「生きていてくれて,ありがとう.本当は君に再会したときに,あの大神殿で伝えるべきだった.」

みゆは,二人の親子を見守る.

「僕は,君を取り囲むすべてのものに感謝している.今まで君を生かしてくれたのだから.」

ウィルがいきなり,片腕で顔を覆う.

体が震えている.

ルアンは,そっと抱きしめた.

「僕は呪われていない.」

しぼり出すような,ウィルの声がした.

「当たり前だ.」

ルアンが力強く肯定する.

「生きる許しを得ているし,幸せになってもいい.」

「それが,僕とリアンの望みだよ.」

押し殺した泣き声が聞こえる.

「カイル師匠は,なぜ自殺したのだろう.」

先ほどのせりふに反して,ルアンは分からないと答えた.

「彼は孤独な人だった.けれど僕は彼を,一生忘れない.」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ