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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第1章 目隠しの王国
12/227

1-11

「ウィル,離して.」

国王が去った後,みゆは少年に手を引かれて,廊下を早足で歩いていた.

「どういうことなの?」

手をほどこうとするが,少年の力は意外に強くて振りほどけない.

すれちがうメイドたちが,何をやっているのですかとじろじろと眺めてきた.

「私は,まだ国王に聞きたいことがあるの,」

国王は何かを隠している.

そしてウィルも…….

「ねぇ,何を隠しているの?」

少年はくるりと振り向いた.

にっこりとほほ笑んで,

「きゃぁあ!」

軽々とみゆを抱き上げる.

「舌をかまないでね.」

涼しい顔で忠告をしてから,ウィルはほとんど駆け足のスピードで廊下を進む.

「降ろしてよ!」

どこにそれほどの筋肉がついているのか,少年にはみゆの重さが苦にならないようだった.

みゆの方は恥ずかしいやら,恥ずかしいと感じていることが恥ずかしいやらで,パニック状態である.

部屋までたどり着くと,ウィルはみゆを降ろした.

扉をノックし,メイドのツィムを呼び出す.

「おかえりなさいませ,ミユ様.」

ツィムが扉を開けたとたん,ウィルはみゆを部屋の中へ押し入れた.

「ちょっと,ウィル!?」

みゆの抗議の声を無視して,少年はツィムに話しかける.

「ツィムちゃん,ミユちゃんを部屋から出さないで.」

「え? なぜですか?」

少女がとまどってたずねると,ウィルは,どきりとするほどにまじめな顔になった.

「ミユちゃんは,国王陛下のお怒りを買ったんだ.」

「なっ,」

ツィムは真っ青になって,みゆの体にしがみつく.

「なぜミユ様が?」

「後で説明する.」

黒の少年は,いつもの調子でほほ笑んだ.

「僕は行かないといけないから,彼女は頼んだよ.」

そして風のように去っていく,行き先を告げずに.

「待って,ウィル.」

追いかけようとしたみゆの腕を,ツィムがつかんで部屋の中へ引きずり入れた.

ばたんと扉を閉めて,しっかりとかぎをかける.

「何があったのですか?」

涙をたたえた目で,少女は問うた.

「何って……,」

妙な罪悪感が,みゆをとらえる.

今,ツィムはおびえきっていて,先ほどまでウィルは廊下をあわてて駆けてきた.

――みゆを守るために.

「国王と話して,……その,口論になったの.」

「なんということを!」

少女は目に見えて震え出す.

「牢に入れると言われたわ.」

ことの重大さを,みゆはやっと理解した.

われながら恐れ知らずなことをしたものだ,ここは専制国家なのに.

国王の意思が何よりも優先される.

憲法も法律もないだろう,議会も裁判所もないのかもしれない.

異邦人のみゆが権利だの何だのさけんでも,意味がない.

ウィルが助けなければ,牢に入れられただろうし,あの場で殺される可能性もあった.

ぞくりと体を震わせて,みゆはわが身を抱く.

ここが日本ではないことが,徐々に頭に染みこんできた.

ツィムは扉にかぎをかけたのを,目で確認する.

次に窓に駆け寄り,カーテンをぴったりと閉める.

そして思いつめた顔で,みゆが普段勉強している木製の机を持ち上げようとした.

「ツィム,何をやって,」

「ミユ様,そちらを持ってください.」

言われたとおりにして,二人で重い机を持ち上げる.

えっちらおっちらと運び,扉の前に据え置いた.

「あなたは私が守ります.」

少女の瞳に決意の光が見えた.

「あなたが私を守ってくれたように.」

「ごめんなさい.」

申し訳ない気持ちが,あふれ出してくる.

年下の少女を,こんなにも心配させている.

「ありがとう.」

目の前にいるツィムが,抱きしめたいほどいとしく思えて,みゆはほほ笑んだ.

「いいえ.私は何もやっておりません.」

少女は真っ赤になって,首をぶんぶんと振る.

「ウィルにもお礼を言わないといけないね.」

みゆは,ぽつりとつぶやいた.

ウィルとツィムには感謝しているが,みゆは国王に謝罪するつもりはない.

どんな事情があるのか知らないが,彼はみゆを城に閉じこめている.

しかも都合が悪くなると,暴力によっておどした.

そんなひきょうな男に屈するのは嫌だ.

絶対に頭を下げるものか.

ゆらりと,体の中の炎が揺れる.

プライドが高いことを,みゆは十分に自覚していた.

けれどみゆが反抗することによって,ウィルやツィムに迷惑がかからないだろうか.

国王から罰を受けないだろうか.

それならば,……自分のプライドはどうでもいい.


人払いをした後で,国王は先代の黒猫であるカイルに命令を下した.

「ウィルを殺せ.」

情けないことに,声が震えている.

どうして自分はこんなにも,覚悟ができないのか.

王国を守るためならば,何でもすると決めたのに.

「承知しました.」

「いや,待て.」

ドナートは,カイルの返答にあせってしまった.

止めてくれるか,拒否してくれるかを期待していた.

そして期待していたことに,今の自分のせりふで気づいた.

「カイル,お前はいいのか? お前が育てた子どもだぞ.」

口の中が苦い.

吐き出してしまいたい.

「歯車が狂いました.」

カイルは無表情に言う.

「ウィルは誰よりもけがれた存在でなければ,生きることは許されません.もはや殺すしかないでしょう.」

「ひどいことを言うな!」

自分の先ほどの発言を忘れて,ドナートはさけんだ.

「あの子を殺すな.」

赤ん坊のころから知っている.

あまり泣かずに,笑顔ばかりを見せる子どもだった.

めずらしい菓子が手に入ると,こっそりと手渡した.

ベッドの中で絵本を読み聞かせたこともある.

息子のように,かわいがってきた存在なのだ.

「ウィルは,いけにえを牢に入れろという命令に逆らいました.」

それは本来ならば,許されない行為.

「不問に付す,たいした問題ではない.」

「去年のリート・カズンと,同じことをするのかもしれません.」

どくんと,自分の鼓動の音がやけに響いた.

「足手まといになるいけにえを連れて,監視されている城から逃げられるわけがありませんが.」

カイルは淡々としゃべるが,国王の胸はどくんどくんと痛いくらいに鳴る.

晶子を連れて逃げたリートを,殺したのはウィル.

みゆを連れて逃げるウィルを,殺すのは…….

嫌だ,そんな光景は見たくない.

けれど少年と王国をはかりにかけたとき,国王の心は王国にかたむく.

かたむかなくてはならないのだ.

「ウィルが城から逃亡しようとしたときは,殺せ.」

声が,自分の発したものではないように遠い.

「それ以外のときは,何もするな.」

「陛下,」

不服そうな顔をするカイルをにらみつける.

「ウィルはまだ王国を裏切っていない.今年の儀式はカイル,お前がやるのだ.」

「儀式は,ウィルにやらせます.」

「なぜ!?」

なんという残酷なことを.

「ウィルがミユを殺せなければ,私が儀式を遂行し,ウィルも殺します.」

国王は言葉を失う.

「彼女を殺せなくなるほどの変化は,私が許しません.」

なぜカイルはウィルに,このような憎しみをぶつけるのだろう.

国王には,カイルが何を考えて少年を育てているのか理解できない.

名前もつけずに,――ウィルと呼び名をつけたのは国王だ,人を殺す方法だけを教える.

不幸になる道だけを与える.

「ならば,せめて儀式のときまで,ウィルを自由にさせてやれ.」

カイルは答えずに,一礼して部屋を辞した.

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