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水底呼声  作者: 宣芳まゆり
第9章 帰還
118/227

9-10

弓を引きしぼる.

ぎりぎりまで引っぱってから,矢を放った.

矢は一直線に空を走り,壁にぶつかってぽとりと落ちる.

壁,――神聖公国の結界である.

ウィルは,世界の果ての森にいた.

神聖公国へ戻るために,洞くつの結界をやぶろうとしているのだが,どうしてもうまくいかない.

ナイフも剣も,おのもやりも,魔法で燃やしても凍らせても駄目だった.

結界は壊せない,揺らすことすら不可能だ.

いや,多少は干渉できているのかもしれないが,ウィルが洞くつに入れない以上,意味がない.

少年は,第二射を放つ.

一射目と同じ場所に当てたが,結界は動かなかった.

ウィルは王城で,異世界の人間を呼び寄せる魔法を作ろうとした.

だが,どれだけ本を読み返してもできない.

少年は過去に,多くの魔法をカイルから習った.

なので,ほぼすべての知識を譲り受けたと思っていた.

しかし,それは間違いだった.

カイルはおそらく,殺人に利用できるものだけを与えたのだろう.

なぜなら,神聖公国には知らない魔法がたくさんあった.

ルアンもサイザーも,多彩な技を操った.

奇跡の力に関して,少年は自覚していた以上に無知だった.

よってウィルに,魔法の開発はできない.

ならば,自分よりも学のある人を頼るべきだと考えた.

大神殿にいる父ならば,新しい術を生み出すことができる.

いや,知識さえ伝授してくれれば,少年自身がやる.

けれど…….

少年は第三射を構え,矢を放つことなくあきらめた.

息が落ちる,肩も落ちる.

神聖公国へは行けない.

結界を通り抜けられるのは,異世界の人間のみだ.

みゆを探すために洞くつをくぐりたいのに,それができるのは彼女だけ.

少年は弓矢を捨てて,その場にしゃがみこむ.

みゆが少年の前から消えて,二か月がたっていた.

その間,ウィルはいろいろなことを試みた.

無駄だと分かりながらカイルに頭を下げたり,ない知恵をしぼって交渉したり,ドナートと二人がかりで説得したり.

心底嫌だったがライクシードに相談したり,けむたがられたが暗号の本を解読する人たちに協力したり,みゆと親しかったメイドのツィムに助言を求めたり.

なのに,彼女は帰らない.

かけらすら,つかめない.

次は何をすればいい,何を試せばいい?

もう,思い浮かばない.

考えついたことは,すべてやった.

少年はぼんやりと,ほら穴を眺める.

この場所は嫌いだ.

この場所で,みゆは少年を残して神聖公国へ旅立った.

あのときは悲しかった.

涙がいっぱい出て,止まらなかった.

神聖公国からカリヴァニア王国へ帰ったときも,みゆは少年を置いていこうとした.

荷物を積んだロバを受け取りに行くと言って,あっさりと背中を向けた.

不安だった.

みゆが手の届かないところへ行くのは,純粋に恐怖だった.

けれど彼女は,すぐに戻ってきた.

軽く息を弾ませて,ごめんねと笑った.

今の少年の気持ちは,悲しいでも不安でもない.

心にぽっかりと,穴が開いている.

そしてそこに,風が吹いている.

寒かった.

みゆがいないという事実に突き当たるたびに,少年は凍えた.

孤独を,寂しいという気持ちを感じていた.

もしもこのまま,彼女が帰らなければ…….

想像の入り口に立っただけで,ぞっとした.

もう何も見たくない,聞きたくない.

彼女に関係するもの以外は!

しかし少年の耳は意思に反して,物音を捕らえる.

誰かが草を踏む音だ.

覚えのある気配が近づいてくる.

少年は,顔を上げた.

「師匠.」

目の前には,育ての親のカイルが立っている.

意外な人物の登場に,少年は驚いた.

彼は,座りこんでいる少年を見下ろしている.

いつもどおりの,冷たいまなざしで.

「ウィル.」

重々しく,口を開いた.

「王国について書かれた本の暗号が,完全に解けた.」

少年の頭に,今まで消えていた光がともる.

そうだ.

みゆの望みをかなえたい.

カリヴァニア王国を守るために,呪いを解除したい.

少年は,ふらりと立ち上がった.

城へ戻ろう.

解読された暗号の中身を知りたい.

だがカイルが,進路をはばむ.

「なぜ私が,ドナートに忠誠を誓っていたか知っているか?」

誓っていた,過去形だ.

しかも陛下と呼ばずに,呼び捨てにした.

かつてなかったことに,少年はとまどう.

カイルは,薄く笑った.

「神官だった私が,なぜ異国の王に頭を下げたのか.」

改めて考えると,不思議だった.

カイルには,ドナートに従う義務はない.

カイルとウィルは神聖公国からの来訪者であって,カリヴァニア王国の国民ではない.

少年がほんの小さいころからカイルは国王に従っていたので,疑問に思っていなかったが.

「なんで?」

素直にたずねた.

「神を見失っていたからだ.」

彼は,するりと答える.

ウィルの当惑は,大きくなった.

「神が,聖女が,分からなくなっていた.」

変だ.

こんなおしゃべりなカイルは,初めて見る.

「何を信じればいいのか,誰に従えばいいのか.私は,くらやみの中にいた.」

何かが切れたように,彼は告白し続ける.

「だから,たまたまそばにいた国王に従った.彼は私にとって,神の代替物だった.」

「師匠…….」

止めなければ,彼を止めなければならない.

えも言われぬ,悪い予感がする.

「だが,それも終わる.私は神の信徒に戻る.」

神官であるカイルは,少年の知らない男だ.

ルアンから昔話を聞いたが,いまだに信じられない.

「神の意志に沿うために,いけにえをささげる.」

いつの間にか,彼の手にはナイフがあった.

「本当は,お前を道連れにした方がいいのだが,」

少年の背に,ぞわっと悪寒が走る.

「お前は簡単には殺せないだろう.」

カイルはナイフを,みずからの首に押し当てた!

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