制御し難い感情
制御し難い感情
ミンミンと蝉が活発な季節。
世間の夏休みもそろそろ終わりに近づく八月の下旬。
まだわずかに残っている宿題を終えてしまおうと机に向かったとき、携帯が鳴った。
短い時間で止まったそれはメールの受信を知らせるものであり、携帯を見遣ると名前が表示されていた。
ーー夏目優太。
緩んだ顔を誰もいないからと抑えることはせず携帯を開くと、短文が目に飛び込んできた。
『今日、暇?』
それは本当に短文で、でもあすかには十分すぎるくらい嬉しいメールだった。
返信しようとメール作成画面を開いたとき、ふと思いついた。
電話をしたら迷惑だろうか。
しばし悩んで、結局かけてみることにした。
数回のコールで聞こえてきた声は、久しぶりであるにも関わらずあすかの耳を心地よく揺らした。
『…はい』
「あ、夏目くん?急にごめんね。迷惑だった、かな」
『いや、大丈夫。夏休みの宿題をやってて丁度休憩してたところだったから』
「よかった」
夏目の返事にほっと笑う。
そうだ、メールの返事しなきゃと口を開いたあすかより先に夏目の声がかかった。
『で、今日は暇?』
「あ、うん。暇だよ」
『じゃあ、午後から会える?』
「…うん!」
思わず大きくなった声に、夏目が笑うのが電話越しに聞こえてきた。
若干顔を赤らめつつもぷくっと頬を膨らますと、その気配を感じとったらしい夏目が笑いながらごめんと謝った。
『…ごめん』
電話越しでよかったと思った。
でないとこんな
『可愛かったから、つい』
こんな台詞、平然と聞けるわけがない。
自覚出来るくらいに熱くなった顔をぺたぺたと冷やしつつあすかは講義の声をあげた。
「…も、もうっ!」
『あはは、顔真っ赤?』
「ちっ、違います!!」
焦りすぎて吃ってしまい否定が出来ていないことは火を見るより明らかだったが、それ以上追及してこないあたり夏目は大人だった。
夏目は優しいと思っていたが、実は意地悪だと気付いたのは最近だ。
そう言えば告白してきたときもそんな感じだったな、と思い出す。
クラスではそんな様子は見かけなかった。
私の前だけだったらいいな、と思った。
これが彼なりの好きってことなのかなとも。
思ってから恥ずかしくなった。
余計に火照ってきた頬を押さえていると電話の向こうからやっと笑いを引っ込めたらしい夏目の声が聞こえてきた。
『ん…それじゃあそろそろ切るね』
「……あ、うん」
『午後、遠藤さんの家まで迎えに行くから』
「分かった。待ってるね」
『あ、そうだ。夜遅くなる、ってご両親に言っておいてね。それじゃ』
「…えっ?あ、うんばいばい!」
挨拶を交わし、ぷつりと電話は切れた。
ツーツーという冷たい音が押し当てた機械から響く。
一体どういうことなのか。
ぐるぐると思考を巡らせ、結局答えの出ない問いは放棄することにした。
午後、夏目と会える。それだけで頬は緩んだ。
夏目が、好きだ。
意地悪なのも優しいのもふと目が合ったときに笑ってくれる目も、全部愛おしくて全部が好きだ。
改めて自覚した途端好きが溢れて止まらなくなった。
「夏目くん……」
あすかから好きだと伝えたことはなかったが、今日会ったとき伝えてみようと思う。
「……よし!」
とあすかは意気込んで、夏目が来るまでに宿題を終わらせようと今度こそ机に向かった。
FIN
*雑記*
あすかわいい。流行ればいいんじゃないかな。
内緒話するみたいにくちづけ続きます。 緋百