アラブ人は言った「お宝は勝者のためにある」
暑いですね。
外気温が35度を超えた昼下がり。
僕は自動販売機を探していた。
喉がひりつく。渇いているをとっくに通り越していたのだ。
町で一番標高が高い(標高57メートル)山の頂上近くに家を構える、はた迷惑な友人宅を訪ねて長い坂を登っている最中だった。
流れる汗ももはや止まり、ただ灼熱の太陽に肌が焼かれるがままにされていた。
暑い。だるい。喉渇いた。
確か前回来たときに自動販売機があったはずだ。
曖昧な記憶を確かに一時の休息をとろうと自販機を探していた。
そんな時だった。
背後から何か動物が駆けてくる足音が聞こえてきた。
振り返ると、駱駝に乗ったターバンを巻いたキャラバンの商人のような風体のアラブ人がやって来たのだ。
アラブ人は僕の側で駱駝を止め、赤銅色の顔を崩して笑顔を見せた。
「ワタシ商人ネ。欲シイ物何デモ売ッテアゲルヨ」
「ていうか、どこから来た?あんた」
アラブの商人って。しかも駱駝に乗った商人って。日常日本のどこで商売しているんだよ。
ここにいるけどさ。
「アナタ、トテモ喉ガ渇イテイルネ。水アルヨ」
「まあ、確かに喉が渇いているけど。自販機で買うからいいよ」
「ソノ自販機ハドコニアリマスカ?サッキカラ探シテイルノデハアリマセンカ?」
「ちょ、それをどうして知っている」
「商人ノ勘デスヨ。ソレヨリ水ドウヨ。コップ一杯500円」
「何その値段。高すぎだろ。しかもなんだその怪しい能力は、どこかで僕を見ていたんじゃないのか?」
「サ、サア。ソンンアコトハアリマセンヨ。コノ坂ヲ登ッテクル人間ヲ待チ構エテイルダナンテ」
「罠かよ。喉を渇かせて坂を登ってくる人間を待ち構えている土産物商法かよ。観光地の山の頂上で飲む缶コーヒーは美味しいさ。だが一缶200円はいかがなものか、というやつなのか」
「私日本人ジャナイカラ分カリマセン」
アラブ人は両手の平を上げてやれやれという格好をした。むかつく。
「ソレヨリモ、自販機ガナカッタラドウスル気デスカ?水モナシニ進ムツモリデスカ?
死ヌネ。間違イナク。
砂漠デ水モナシニ渡ロウトスル者ヲ何テイウカ知ッテイマスカ?無謀者デス」
「一体いつここがサハラになったんだよ。死なないし。無謀者じゃねえし」
だが、こいつと言い争っているうちに余計に喉が渇いてきたよ。
「分かった。買ってやるよ、水」
財布から500円玉を取り出した。
「アリガトゴザイマス」
駱駝の横腹に積んでいた革の水袋から金属製のコップに水を注ぎ込んだ。
それを僕に突き出した。
それを飲んだ。
ぬるい。まずい。水に味などなかったが、このぬるさで水は不味かった。
高い買い物だった。
「イイ買い物ダッタヨ。マイドアリガトウゴザイマス」
アラブ人は駱駝を走らせ坂を登っていった。新たな餌食でも探しに行ったのだろうか。
まずい水だったが、渇きはほんの少し癒えたので再び歩き出した。
十分ほど歩いた頃。
螺旋状に登ってゆく坂の先に今更ながら求めていた物が見えた。
自販機だ。
ちくしょう、後十分我慢すれば冷たいミネラルウォーターが飲めたのに。
と、あれはさっきのアラブ人じゃねえか。
駱駝から降りて自販機で買ったらしい「東アルプスのおいしい水」を飲んでいた。
容器に無数の水滴が付き滴り落ちている。
ごくり。喉が鳴るというのはこう言うことだったのか。
僕は走って自販機の前までやってきた。
「アア。サッキノオ客様」
アラブ人は美味しそうに半分ほど残していた冷えた水を飲み込んだ。
「ヤハリ冷タイ水ハ美味シイデス」
「美味そうじゃねえか。もう一杯飲むぞ」と財布を開いて驚いた。
硬貨がない。さっきの500円玉で終わりだったのだ。
あとは紙幣だが。1000円札なら使えるのに、今日に限って10000円札しか入っていなかった。
まさか。ありえない。冗談だろ。
「ドウカシマシタカ?飲マナインデスカ?」
「さっきお前のぬるい水に最後の硬貨を使ったんで、もうないんだよ」
「ソウデスカ。ソレハ残念デシタ。私ノ国ノ諺ニコウアリマス。オ金ハ計画的ニ」
おい。どこかの消費者金融会社のコピーで聞いたことがあるぞ。本当に諺か?
ミネラルウォーターを飲み終えたアラブ人は駱駝に乗り、坂を下る様だった。
「デハサヨウナラ。商売デ得タ金デ水ハ美味シカッタデス」
駱駝はすさまじい勢いで坂を下っていった。
何だか悔しさだけが残された。ちくしょう。
もう胡散臭い行商人には騙されないぞ。
タイトル意味ねえー。
最後の百円玉が自販機に拒絶されてつり銭口に戻ってきた時の腹立たしさといったら。