Dear Daddy
あたし、岸本更紗
数奇な運命、という言葉は、あたしの人生にこそぴったりだろう。
あたしのパパは、あたしが生まれたばっかのときに、
よその家の奥さんと浮気したんだって。
それで、ドロドロの法廷闘争を経た挙句、
あたしの本当のママは嫌気が差して出奔、
パパがあたしを育てることになったみたい。
パパはその後、その不倫相手と結婚。
そっちの旦那は妻に捨てられる形になったというお話。
んで、この不倫相手があたしの新しい『ママ』になったわけだけど、
平和な時間はそう長くは続かなかったのよね。
パパはまたしても浮気したわけだ。
それで、今度はパパ、あたしも新しいママも置いて駆け落ちしちゃって、
今はどっか外国?で暮らしているっていう話。
生きてるか死んでるかもわからない。
残されたママ…
まあ、この時点で、
このママにはあたしを育てるギリなんかないわけだけど、
それでもなんとか育ててくれて、
あたしは中学生になった。
ところが、
ママ、ガンになっちゃったんだ。
それで、あたしが高校生の時、死んじゃった。
残されたあたしを、
ママの親戚は困った顔で見つめてきた。
『どうするの、この子?』
『父方の親戚に引き取ってもらうのが筋だろ?』
なんてね。
でも、あたしの『パパ』はハグレモノだったみたいで、
親戚とは交流皆無。
連絡先すらわかりゃしない状態だったみたいで、
あっちで面倒みろよ、そっちがやれよと、
ドッタン、バッタンの大騒ぎだったわけ。
その時、なんだか知らないけど、
ひとりの男の人に白羽の矢が立ったの。
それが、広くん…
ママの、元旦那。
あたし、高校1年生
広くん、48歳…高校のセンセ(しかも数学っ!)
初めて広くんの家に行ったときのことは、
今でも覚えてるよ。
小さなキャリーバックに、少しの着替えと、
当時通っていた学校の教科書とかいっぱいに入れて、
広くんの住んでるマンションを訪ねていった。
この時、あたし、はっきり言って期待してなかった。
だって、そうでしょ?
ママですらあたしを育てるギリなんかないのに、
そのママが捨てた元旦那だよ?
育てるギリなんかなおさらない。
でもしょうがない。ここしか、行くところないし。
ここに行かないと後は施設だって言われてたし。
『駅まで迎えに行くから』
そう言われて待ってたけど、
正直、来ないんじゃないかと思ってた。
「おー、お前が更紗か」
現れたのは、無精髭にボサボサ頭、
よれたジャケットを着た、タバコの匂いがする、
おっさんだった。
まあ、ブクブクに太ってないし、
禿げてないのが唯一の救いかな?
「腹減っただろ?何、食いたいんだ?」
あたしの心配をよそに、
あたしはあっさり受け入れられた。
あたしは元パパの姓『石巻』から、
正式に『岸本』に変わったってわけ。
こうして、あたしは『岸本更紗』になった。
☆☆☆
広くん、岸本広之は、
結構だらしなかった。
家は割とぐちゃぐちゃで、
食事は缶詰とビールばっか。
『昼飯で野菜取ってるから、いーんだ』
とか言ってたけど、
それって、学校の近くにある中華料理屋の定食のことでしょ?
健康に悪いったらありゃしない。
「あたしが作ろうか?」
って言ってみたけど、ちょっと考えて、
『いや、いい』
だって。
その日から、スマホのレシピサイトとにらめっこしながら、
朝ご飯と夕ご飯を広くんが作るようになった。
焦げたお肉が香ばしすぎたり、
野菜炒めの野菜が生だったりしたけど、
だんだん、上手になったところを見ると、
やろうと思えばやれるってことだったみたい。
「まあまあ、おいしーよ、広くん」
この『広くん』呼び。
最初に、してしまったことからあたしの中では定着しちゃったんだけど、
広くんにとっては、ビミョーだったみたい。
いつも、眉間にシワが寄っていた。
こんな生活が続いて、
高校2年の夏になった。
あたしも女子高生で、Youtubeとかで推しとかできて、
まあいわゆる『推し活』ってのにハマったりもした。
当時は、地下アイドルってやつ。
友達とライブ行ったり、グッズ買ったりしたかったんだけど、
お金がないわけ。
広くんにはめーわくかけらんないじゃん?
だから、あたし、バイトするって決めた。
友達から、紹介されて、
『簡単なバイトだよ』って言われた。
ネットで連絡取った人と会って、
おしゃべりするだけ、そんな触れ込みだった。
友達とふたりでファミレスで男の子(と言うには年上に過ぎたけど)
と落ち合う。
少し話をして、ご飯奢ってもらって、
じゃあ行こうかってあたりで、
あれ?って思った。
友達は、そのままふつーについていこうとするけど、
どんどん街の怪しげな方に行くんだ。
時間は19時を回っていた。
猥雑な雰囲気の街並み、
エッチなホテルのネオンサインがギラギラするところまで来て、
あたしはようやく、この『バイト』の意味が分かった。
「ちょ…智花!これ」
あたしは友達に訴えたが、
智花は素知らぬ顔。
どちらかというと、男の子のひとり
やたらと智花と親しげな子が
意味ありげに智花ともうひとりに目配せしてる。
やば…!
そう思ったときはもう遅くて、
あたしはぎゅっともうひとりに手首を捕まれ、
ぐいぐいとホテルに引っ張り込まれそうになった。
「いやっ!」
「おいおい、ここまで来てそりゃねえだろ?」
「大丈夫、大丈夫
ちゃんと金はくれてやっから」
そんな言い草。
逃げようとしたけど、男二人に敵わなくて、
ああ、もう、あたし馬鹿だって思った時だった。
「淫行条例でしょっぴかれてーかクソガキども!」
ぬっと、黒っぽい手帳のようなものを突き出して、
男がドスの効いた声でこう言ったんだ。
一瞬、警察手帳?と思ったソレは、
ぱっと見せられただけだったので、
ハッキリ言ってなんだかわからなかったけど、
後から、聞いたら単なる革財布だったってさ。
要はハッタリだ。
「やべ!」
「逃げろ」
そう言って、男二人は慌てて逃げていった。
ついでに智花も逃げていった。
「広くん…」
その男は広くんだった。
広くんがあたしの頭を、
その手帳みたいなのでパシンと叩く。
「痛った!暴力教師!」
ああ、こりゃお説教だ。
あたしは覚悟した。
だって、広くんは曲がりなりにも教師だ。
『身体を大事にしろ』だの、
『夜遅くまでほっつき歩くな』だの、
そんなことをコンコンと言われる…
そう思った。
でも、広くんが言ったのは、
たった一言だけだった。
『心配かけんなバカ』
そうして、帰るぞとさっさと歩き出す。
あたしは、その後をトボトボついて行った。
「ねえ、『お父さん』」
「…ん、どうした、急に」
呼んでみたら、
広くんが振り返った。
だから、あたしは、その手にギュッとつかまって、
夜の街ではぐれないように手をつないだんだ。
☆☆☆
「おとーさん!
髪切ってよね!」
「いいだろ、2ヶ月前には切ったんだからさ!」
「いや、もうボサボサだよ、
明日、あたしの学校のオープンスクールだよ?」
「うるせーな…」
「あと、ヒゲも剃って!」
「別にこれでもいいだろが」
「だーめっ!」
高校3年の春。
最後のオープンスクールの1週間前だ。
オープンスクールに来て欲しいと言ってみた。
他の学校に行くのは嫌だと言ってた『お父さん』は、
意外にも行くと言ってくれた。
ただ、格好がなあ…
そう思ってあれこれアドバイス。
街を引っ張り回して洋服揃えて、
散髪させて、髭剃らせて…
大変だった。
それで当日の朝、出来上がったのは、
いつもとは全く違う、『お父さん』だった。
洒落たポロシャツに
真新しいジャケット。
細身のスラックスに靴も新調した。
ろくに整髪料を使ってなかった髪の毛には、
グリースをつけて、ふわっと立たせてみる。
ついでにいい匂いまでしてカンペキだ。
「おかしかねーか?」
慣れないのか、服をつまみ上げてみたり、
後ろ姿を鏡に映してみたり、
なんだか居心地が悪そうだったけど…
「カッコいいじゃん」
そう言ってやった。
お陰で、学校では
「あの人、サラのおとーさん?」
「へー、若い!」
なんて友達から言われたわけだ。
☆☆☆
こんなあたしも、大学生になって、
無事就職した。
そんなあたしを見て、『やれやれだ』と、
お父さんはそんなふうに言っていた。
そして数年がたち、
『今日』を迎えたのだ。
☆☆☆
6月
梅雨明けは程遠いし、先週なんか台風が2つも来た。
お天気、すごい心配だったけれども、
日頃の行いがいいのかな、
『今日』はスッキリと晴れ渡っていた。
「おめでとう!更紗!」
「更紗〜、こっち、こっち!」
お友だちがこぞって手を上げている。
ブーケトス
そういや、さくらに、
こっちに投げろと言われてたっけか?
そう、『今日』はあたしの結婚式だ。
隣には、銀色のタキシードに身を包んだ、
あたしの旦那さまがいる。
就職して、最初に配置になった部署の先輩だ。
仲良くなって、交際をして、
恋をして…そして、結婚…することができた。
わいわいと集まる会社の同僚、学生時代からの友人、
親族は旦那様のほうばっかり。
そんな大勢の人達からちょっとだけ離れて、
『お父さん』がこっちを見ていた。
咥えタバコで、ポケットに手を突っ込んで、
いつもどおりのダラッとした感じだったけど、
とても優しい目をしていた。
式の前に少しだけ、『お父さん』と話す時間があった。
「行ってくるね」
「ああ」
相変わらずのぶっきらぼう。
「へへ…ありがとうね…
育ててくれて…」
「ん、ああ…」
返事はそれだけだった。
じゃあ行くからと、化粧室へと向かおうとするあたしに、
『まあ、なんだ…』
後ろから、『お父さん』の声が追いかけてきた。
『ズルして、娘の父親ができた…
そんな感じだったよ…』
そして、ポツリと言った。
『ありがとう…更紗』
お父さん、今のあたし、
すごく、すごく幸せだ。
一時はどうなるかと思ったけど、
(あの日、あの時、あたしを迎えに来てくれたときからさ…)
ぽーん、と、あたしは大きくブーケを投げる。
ブーケはさくらの頭上を越え、大きく飛んでいく…
(お父さんは…)
ぽん、とブーケがその人の胸にキャッチされる。
それを見て、オロオロとちょっと戸惑った顔をしている。
ふふっとあたしは笑った。
結婚式に来てくれた皆が、その人に一斉に目を向けた。
(あたしの、ヒーローだったよ!)
「おとーさーん!!
幸せになって〜〜〜〜!」
あたしのブーケを受け取っちゃったんだ。
次は、ほら、そっちの番…だよ?
ね、お父さん…




