小噺9『永き唄』
○『永き唄』あらすじ
※前半
浜辺の村に暮らすおしばと貞蔵は、互いに深く想い合い夫婦となる。しかし幸せな暮らしも束の間、おしばは重い病に倒れ、床に伏してしまう。貞蔵は妻を助けようと、仕事の合間を見つけては、名医や薬を求めて各地を歩き回るが、病状は悪化するばかりであった。
ある夜、おしばは夢の中で不思議な女と出会う。その女は人魚であり、「人魚の肉を食べれば命は助かる」と告げる。夢から覚めると、枕元には本当に人魚が立っており、皿の上には一切れの肉が置かれていた。人魚は、
「食べれば生き長らえる。しかし、コウカイする日が来るかもしれない」
とだけ言い残して去っていく。
生きたい一心のおしばは肉を食べ、みるみる快方へ向かう。貞蔵も大喜びし、村人たちも夫婦の幸運を祝福する。
やがて病がすっかり治ったおしばの快気祝いとして、村を挙げて盛大な宴が催される。酒や肴が並び、人々は口々に夫婦の幸せを称えて、長唄が次々と歌われる。そんな中、おしばは隣に座る貞蔵の顔を見ながら、自分ほど幸せな者はいないと思う。
「おしばさん、そんなに嬉しいかい」
と問われたおしばは、
「ええ。私は日の本一の幸せ者でございます。貞蔵さんと夫婦になれて、病まで治って……こんな幸せは二度とございません。今夜の高会、一生忘れません」
と言う。
⸻
※後半
それから数年。
おしばの体には少しずつ異変が現れ始める。転んでできた傷が瞬く間に塞がり、刃物で切った傷も翌日には消えている。
不安になったおしばが人魚の肉の話を貞蔵に打ち明けると、貞蔵は、
「たとえ化け物になろうと、お前はお前だ」
と言って変わらず愛してくれる。
おしばは、貞蔵の想いをありがたく思いながら、胸の中には恐怖心が芽生える。自分が人魚になりつつあると自覚したからである。
さらに、人魚となったのであれば、このままでは自分だけが老いず、夫の死後も何十年も孤独に生きることになるかもしれないとも思うようになる。
愛する夫と永遠に共に生きたい。
そう願ったおしばは、自らの腕の肉を削ぎ、それを料理に混ぜて貞蔵へ食べさせる。
ところが食べ終えた貞蔵は突然苦しみ出し、大量の血を吐いて倒れる。おしばが必死に抱きかかえる中、貞蔵は息絶える。さらにその亡骸は次第に崩れ、骨も肉も黒い煤のようになって消えてしまう。
愛する人を救おうとして、自らの手で死なせてしまった。
絶望したおしばは家に閉じこもり、やがて深い眠りへ落ちる。
目を覚ました時には数十年が経っていた。
家は蔦に覆われた廃墟となり、知る者は誰もいない。おしばの頬には涙が流れている。しかし、なぜ泣いているのか分からない。
自分が誰かを深く愛していた気はする。
だが、その誰かの顔も名前も、どんなことがあったのかも思い出せない。
そこへ廃屋を取り壊しに来た男たちが現れる。若い娘の姿をしたおしばを見て驚き、力ずくで犯そうとするが、おしばは抵抗する。怒った男が木槌で殴りつけると、おしばは血を流して倒れる。
しかし傷は瞬く間に塞がり、おしばは立ち上がる。
男たちは悲鳴を上げて逃げ去る。
その時、かつての人魚が再び姿を現す。
「私の肉を食べたこと、後悔しているかい?」
と聞く。しかし、おしばは、最初こそは目を見開いたもののその後は無反応で、頬にはまだ涙が流れていた。その反応を見て、人魚は何かを察したのだろう。
人魚はおしばに、自分とおしばの関係を伝えた。その後、おしばは人魚の肉と相性がよく寿命を伸ばすだけではなく、徐々に人魚化していることを伝える。だが、不老不死となっても、記憶力は変わらない。そのため、昔の記憶は良いことも悪いことも、ほぼ忘れてしまったとのこと。人魚は、おしばと貞蔵の歴史を語り、最期は半人魚だったおしばの肉を食べたが故に死んだと聞かせた。
人魚からいろいろ聞いたが、やはり思い出せない。ただ、さっきよりも流れる涙の量は多くなったいた。
続いて人魚は、
「先ほどの男共の件で、そなたを捕縛しようとする輩が出るかもしれない。もう、その体なら水の中でも生きていけるから、海に来なさい」
と提言する。
やがておしばは、その人魚の勧めに従い、重石を古びた着物の懐に入れて海へ沈む。海底で石を積み、住処を作った所で、ついに、おしばは完全な人魚となる。
人魚となったおしばは、先ほどの人魚から聞いた自分がどうしても思い出せない男との出来事を文字にして、住処の石に刻んだ。
それから時は流れ、
おしばは、胸の奥に残る悲しみを失わぬよう、その長唄を唄い続けている。
夜の海を行く船乗りたちは、その歌声を耳にすると言う。
そして人々は、
「あれは航海中の船人を誘惑して沈没させる、海の怪物の歌声だ」
と噂しているのである。




