度胸試し
福島昇はその日、友人達と連れ立って心霊スポットとして有名な、ある住宅を訪れていた。
住宅街から少し離れた場所にポツンと建っているその家は、一見すると何の変哲もない。
二階建て。
屋根はくすんだえんじ色。
カーテンは掛かったままで、中途半端に閉じられている。
窓や壁が朽ちた様子はないが、流石に庭には雑草がはびこっていた。
辺りを見回して人が居ないのを確認してから、鉄製の門を開ける。
ギィイイ……。
やけに重い音を響かせた門に、慌てて敷地内へと駆け込み、伸び放題の古木の陰に身を潜ませる。
「……誰か居る?」
その声に、古木の陰から通りを窺う。
ポツポツと街灯の光が点在しているだけで、人影は一切見当たらなかった。
「誰も居ない」
そう答えると、僅かに緊張が解け、皆でゆっくりと立ち上がる。
祥太が手にしていた懐中電灯をパッと点け、建物を円を描くようにゆっくりと照らし出した。
「……すげぇ」
皆、何がとは上手く言えないが〝心霊スポット〟と呼ばれるその家は、妙な存在感があり、圧迫感すらあって、息を呑んで見上げるしか出来なかった。
「あの窓から女が覗いてるんだっけ?」
「らしいよ。夜だけじゃなくて、昼でも前の通りを通った時に見れるらしい」
そうして暫く懐中電灯に照らされた二階の窓を見つめていたが、女が現れることはなかった。大方、中途半端に閉じられたカーテンが、光の具合か何かで女に見えたに違いない。
「他は何だっけ?」
昇が訊くと、明文がスマートフォンに目を落とし、眩しそうにしながら画面に指を這わせた。
「ノックすると何者かが応える玄関扉。誰もいない筈なのに足音が聞こえる階段。台所の擦りガラスに映る人影……かな」
この心霊スポットでは、やたらと鮮明に心霊現象が観測されている。
だから、暇を持て余した昇達のような学生が、度胸を試しに度々訪れるのである。
「じゃあ、まずは玄関……いっとく?」
昇が言うと、祥太が頷いて玄関扉に光を当てた。
ゴクリ、と三人の喉が鳴るのが聞こえたが、互いに気が付かない振りをする。
玄関前の小さなポーチの下に入ると、暗闇が一層濃くなった気がした。
扉横の擦りガラスの向こうには、赤い傘らしきものが透けて見えた。
三人で目を見合わせ、誰からともなく無言でじゃんけんをする。
勝ったのは昇だった。
昇達の間では、勝った者が何事においても選ばれる。
手の汗を感じながら、昇は握りしめた拳でコンコンッと扉を叩いた。
シーン……。
「応えるって、どんな感じで?」
振り返り訊くと、明文は「うーん」と首を捻った。
「『はーい』とかじゃないかな。『今行きまーす』とか?」
その言葉に、再びその場に沈黙が落ちる。
明文も自分で言って怖気が走ったのか、唇を噛んだ。
「あー……何もないみたいだし、裏行ってみる? 確か裏口から入れるんだよな?」
「う、うん。玄関からは入れない」
祥太が懐中電灯を玄関横の角に向けた。
細い通路が懐中電灯の白い光に照らされている。
祥太を先頭に歩き出した。
ジャリ……ジャリ……ジャリ……。
三人分の砂利を踏む足音が辺りに響く。
ガンッ!
その時、突然大きな音が響き、昇は跳び上がった。祥太が慌てて振り向き、懐中電灯で照らし出す。
「悪い、スマホ落とした」
眩しそうに目を細めた明文が、スマートフォンを拾い上げ、光の中で取り繕うように笑みを浮かべる。
「なんだよぉ……ビビったじゃん」
祥太が大げさに頭を抱え、溜め息を吐いてから懐中電灯を握り直した。
そうして、再び細い通路を歩き始める。
角を曲がった先に擦りガラスがあり、そこが台所なのだと判った。洗剤や皿のシルエットがぼんやりと見えていた。
随分と心許ない裏口の扉は、建物の裏側にあるというのに、やけに日焼けていた。
じゃんけんの結果、次の勝者は祥太だった。
祥太から懐中電灯を預かり、手元を照らす。
キィ……。
門扉と比べて随分と小さな音を立てて扉は開く。
それと同時に、モワリと籠もった家の空気が外に流れ出した。
祥太は懐中電灯を受け取ると、そっと中を照らし出した。
そこは当然台所で、右側には風呂場が見えている。
恐る恐る頭だけ家の中に入れ、様子を探る。
家の中は静まり返っていた。
三人で顔を見合わせ、ゆっくりと足を踏み入れた。
想像していたよりは何処か小綺麗にすら見える家の中に、妙な安心感を覚えていた。
荒れ放題の室内では、何が潜んでいるかも判らないし、天井が落ちたり、床が腐っているかもしれないからだ。
「台所の擦りガラス……」
食器棚を覗いたりしていた祥太が、流し台前の擦りガラスに光を当てた。
ぼんやりと家の裏の木々が透けて見えている。
誰かが歩いて来るのだとしたら、砂利の音と共に近付いて来る筈だ。
いや、幽霊が原因だというのなら、やはり足音は聞こえないのだろうか。
そうして息を潜めて見つめていたが、何者かが擦りガラス越しに見えるということはなかった。
祥太が飽きたように懐中電灯を擦りガラスから外す。
「次は、階段?」
「そうだね」
台所の入り口に掛かった玉暖簾から先を見ると、真っ直ぐに廊下が伸びていた。
突き当りに玄関。右には居間があり、左には扉がひとつ。そして玄関からすぐの場所に階段。
三人はまず廊下を階段へと向かった。
廊下は軋むことはなく、靴音だけが響く。
土足で踏み入ったことに、僅かに罪悪感すら覚えさせた。
突然、玄関でコンッという音がした。
三人同時に足を止め、自然と身を寄せ合う。
ジャッジャッジャッという音も裏口へと進んで行くのが耳に届いた。
「やべぇ、誰か来た⁉」
小声で囁き合うが、昇達はその場に縫い留められてしまったかのように動けなかった。
そうしている内、ガチャリと音がすると、玄関の扉が勢いよく開いた。
「あ! こら! お前達何やってるんだ!」
眩しい光を当てられ、思わず顔を顰める。
裏口からもドタドタという音が聞こえてきて、やがてふたつの人影に挟み込まれた。
「あ、あの……」
何とか口を開いて言葉を発しようとしたが、すぐに昇は口を閉ざした。
その二つの人影は、水色のシャツにベストを着ていたのだ。
警察官だ。
「すいません……」
消え入りそうな声でそう言うと、警察官は厳めしい顔で三人を見回した。
「とりあえず、外に出て」
「はい……」
三人はちらと目線を合わせてから大人しく玄関に向かった。
「門の外に行って」
後ろからの声に従い、門扉を開けて外へと出る。
「あぁ! ちょっと君達、此処に入ったら駄目じゃないか!」
突然、横合いから声を掛けられ、昇達はそちらを振り向いた。
見れば、自転車にまたがった警察官が眉を寄せている。
自転車を端に停めた警察官は、昇達の前に立ち塞がると、腕を組んだ。
「あのね、通報があったんだよ。この家の辺りでなんか光が見えるってね。よそ様の敷地に勝手に入っちゃ駄目でしょう? 判ってるよね?」
「……はい。すみません。さっき他のお巡りさんにも怒られました」
そう言って祥太が家を振り返り指を差すと、警察官は眉間の皺を深くした。
「君達……薬とかやってないよね?」
「え? やってないですよ。この家の中に入っちゃっただけで……」
「は? 家の中?」
益々眉間の皺を深くして、警察官は厳めしい顔をする。探るような視線で三人を見回している様子から、本格的に薬物の使用を疑われ始めたようだ。
「いや、あの、僕達肝試しに此処に来たんですけど、家の中を探索しようとしたらお巡りさんが二人来て、とりあえず門の外に居ろって──というか、遅いな」
明文が怪訝そうに玄関扉を見やる。
そこは暗闇の中に静かに沈んでいた。
釣られたようにして玄関扉を凝視していた警察官が、はぁと息を吐き、腕を組む。
「あのね、僕は此処の管轄なんだけど、今日の担当の残りは皆今交番に居るよ」
「え?」
「それにね、家の中って言ったって、何処から入ったの」
その言葉に、昇は建物を指差した。
「えーと、裏口です。何か壊したりはしていません」
警察官はガリガリと首を掻くと、指でついて来るように示した。大人しくそれに従い、再び裏口へと回る。
「──で、何処から入ったって?」
見れば、裏口の扉には板が打ち付けられ、簡単には入れないようになっていた。
ぱくぱくと口を開いたり閉じたりする三人に、警察官は、また指でついて来るようにと示した。
ギィイイと門扉を閉め、振り返った警察官は、三人の顔を見回し、言った。
「そういうことだから、君達は全部忘れて帰りなさい。見なかったことにしてあげるから」
そう言って、再び自転車にまたがる。
「家は何処?」
「隣町です……」
「此処まではどうやって? 流石に徒歩じゃないでしょ」
「あ……あっちのコンビニに車止めてて……」
その言葉に警察官は顔を顰めたが、緩く頭を振った。
「帰りなさい」
「……はい。すいませんでした」
警察官はスイと自転車を漕ぎ出し、遠ざかっていく。
その時、祥太が小さく声を上げ、昇と明文の服を引っ張った。
「なんだ──」
祥太が、震える手で指差す方を見やる。
その先には、二階の窓。
暗い窓の中でカーテンが揺れている。
そして、水色のシャツが少しずつ──
それを見届ける前に、昇達は駆け出していた。
「お巡りさん! 待って! お巡りさん! お巡りさん! 待って! 戻ってきて!」
その声に気が付いた警察官が引き返してくるまで、昇達は泣きながら叫び続けた。




