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博士の実験

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/03/19

 

 非常に人道的にアウトな実験をすることにした。

 用意するのは劣等感に苛まれる人間が良い。

 進学校を離れれば劣等種なんて簡単に見つかるが、本当にどうしようもない人間を選ぶのは中々に楽しい


 ここで進学校で腐っているような劣等な人間を選んではダメだ。

 何せ、元から多少は出来る人間なのだから。

 私の実験はもっともっと大きなものを目的としているのだから。


 そうして見つけた劣等な人間。

 驚くべきことに十代前半なのに簡単な足し算や引き算も出来ない。


 元々、頭の回転が鈍かったのだろう。

 知能指数の話をしたならば確かに低い人間だったに違いない。

 しかし、障害の範囲に入るほどではない。


 同級生から鈍い事を馬鹿にされ続けて遂には自分でも諦めてしまったのだろう。

 だから、どうせ自分は……なんて言い訳をしてゲームばかりしている。

 尤もゲームも下手だから難儀しているようだが。


「さて、実験開始だ」


 私はそれなりに名のある博士だ。

 そんな私が劣等人間に近づき言ってやる。


「君は才能がある。特別な人間だ」


 十代前半ともなれば才能だとか特別なんてフレーズは大好きで仕方ないはずだ。

 事実、彼はすぐにその気になってしまった。


「勉強を始めたまえ。君が何もしないのはもったいない」


 本当に救い難い劣等な人間だ。

 私の話す言葉なんてとっくに両親を始めとする本当に愛してくれる人間が何度も伝えているはずなのに、一切の耳を傾けなかったくせに権威のある人間に言われたということだけで妄信するなんて。


 そして当然ながら今までサボっていた分のツケがきて始めは失敗ばかりだ。

 加えて元来の面倒くさがりの性格とすぐに楽へ逃げていた歴史が努力をすぐに止めさせようとしている。


「上手くいかなくて当然だ。原石は磨いていかなければ輝かないのだから」


 それが私の言葉を聞いてまたまた努力をする。

 君を本当に思っていた人間の同じ言葉なんて耳も貸さなかったくせに。


 いずれにせよ、実験は楽しい結果を次々に出していく。

 なにせ、学力的に底辺のさらに底にあったのに今や学年でもトップの成績となっている。

 だが、ここまではぶっちゃけた話をすれば努力でどうにでもなる範囲だ。

 ――私が知りたいのはその先だ。


「君。将来はこの道を共に歩まないかね?」


 単語の意味一つさえ理解していないだろうに私は彼を自分の道へ誘った。

 正解のある勉強と違い、彼は苦戦し始めた。

 当然だ。

 私でさえ手探りで進んでいる分野なんだから。

 だが。


「博士。僕には才能があるんでしょう? この程度ではへこたれませんよ」


 君はそう言っていた。

 才能なんてないのに本気でそう言っているのだ。

 馬鹿丸出しだ。


「それに。あの頃に比べたら全然マシです。馬鹿にしてくる奴もいないし、皆が出来ることが出来ないわけじゃないし!」


 実験は想像よりもずっと上手くいった。

 五年、十年、二十年と時が経つにつれて彼はどんどん名をあげていったのだから。

 そして、今や私とそう変わらない位置にいる。

 それどころか、世間は私の後継者だとさえ言っている。


「実験は成功だ」


 私は独りで笑う。

 救いようのない馬鹿でも天才に褒められれば折れずに努力する。

 救いようのない馬鹿だからこそ『天才』という肩書と実績を持つ人間以外の言葉なんて聞きやしない。



 *



 そして、今わの際。

 私は最高の実験結果にして、今や胸を張って後継者と呼べる人間から――。


「とっととくたばれ、性悪爺」


 痛烈なしっぺ返しを受けていた。


「てめえが俺の事を馬鹿にしていたってのはとっくの昔から気づいていたからな」


 満面の泣きっ面に伝えてやる。


「その割には悲しそうじゃないか」

「悲しいと思っちゃうことが悲しくて泣いてるんだよ。自分を馬鹿にしまくっていた爺に何で涙なんか流さなきゃいけねえんだ」

「まったくだ」


 最後の言葉を飲み込む。

 流石に言えないじゃないか。


 君にそんな顔で見送られるのが嬉しいなんて。


 行いに対してあまりにも小さな罪を抱えながら私は静かに眠りについた。

 最も信頼できる後継者が出来たことに安堵しながら。

思いついたときも、書いていたときも、書き終わった後も思うんですが、この話の博士は多分地獄に落ちると思います。

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