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パレット  作者: 青原朔
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ep67.憤怒の王

誰も、すぐには動かなかった。


裏世界の空気は、

現実よりも少しだけ軽いのに。


胸の奥だけが、

重く沈んでいる。


風が吹く。


瓦礫の隙間を通り抜ける音が、

やけに大きく聞こえた。


その沈黙を破ったのは――


「……火憐は」


葵だった。


小さな声。


それでも。


全員が、反応した。


春の指が、

わずかに強く握られる。


美波が、

視線を伏せる。


久我が、

煙草を取り出しかけて、止める。


誰も、


答えられなかった。


見たからだ。


最後の瞬間を。


あの黒。


憤怒が、

火憐の身体に絡みつき、


飲み込んだ瞬間を。


あれはもう、


「怪我」じゃない。


「支配」だ。


「……助けに戻る」


春が言った。


即答だった。


迷いはなかった。


だが。


「無理だよ」


夢魔が、

あっさりと言った。


瓦礫の上で、

足を揺らしたまま。


「もう“向こう側”に行った」


春が睨む。


「どっちだ」


夢魔は、

顎で“空”を指した。


「暴食のところ」


静寂。


その一言の意味を、


全員が理解していた。


最悪の場所だ。


「……」


春の奥で。


統が、


静かに囁く。


――行けば死ぬ。


春は、

無視した。


「それでも行く」


言い切る。


その時だった。


「待って」


声。


天音だった。


春の腕を掴む。


強く。


震えている。


「今行っても……」


言葉が詰まる。


分かっているから。


助けたい。


でも。


今は。


勝てない。


それを、


誰よりも理解している。


春は、

振りほどかなかった。


振りほどけなかった。


「……助ける」


小さく言う。


自分に言い聞かせるように。


「絶対に」


その言葉を。


魅魅が、


静かに聞いていた。


そして。


少しだけ、


目を細めた。


「優しいね」


笑っているのに。


どこか、


寂しそうだった。


「でも」


一歩、近づく。


「今のままじゃ」


春の胸に、


指を当てる。


「殺されるよ」


はっきりと言った。


優しさはなかった。


ただの事実。


「憤怒はね」


魅魅が続ける。


「怒りそのもの」


「理由も」


「記憶も」


「全部、燃やす」


葵の手が、

震えた。


「……じゃあ」


掠れた声。


「もう……火憐は……」


最後まで言えなかった。


零が、


葵の中で答える。


「まだいる」


全員が、


葵を見る。


「完全には飲まれてない」


「でも」


一拍。


「時間の問題」


冷酷な現実だった。


沈黙。


その時。


美波が、

拳を握った。


「……連れて帰ろう」


小さく。


でも、


はっきりと。


「火憐を」


久我が、


横目で見た。


何も言わない。


否定もしない。


ただ。


煙草に火をつけた。


吸う。


吐く。


「……準備がいる」


それだけ言った。


青原が、


続ける。


「まずは生き残ることだ」


煙が、


裏世界に溶けていく。


「ここは避難場所に過ぎない」


「戦場は、まだ向こうだ」


春は、


空を見上げた。


裏世界の空。


何もない。


でも。


確かに、


感じる。


火憐の気配を。


怒りと。


痛みと。


助けを求める、


かすかな残響を。


「待ってろ」


誰にも聞こえない声で、


呟いた。


「絶対に」


拳を握る。


王になるためじゃない。


守るために。


取り戻すために。


その決意を、


統が、


静かに笑った。


――ようやく理解したか。


――力の使い方を。


そして、


遠くで。


裏世界のさらに奥で。


何かが、


目を覚まし始めていた。


暴食が。


そして。


憤怒に染まった、


火野火憐が。


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