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パレット  作者: 青原朔
96/102

ep65.目覚めた三つの巨悪

破片だけが、そこに残っていた。


封印用パンドラボックスの残骸。


片桐りりの姿は――もうない。


逃げたのか。


消えたのか。


それすら分からない。


ただ、


すべてを壊して、


いなくなった。


「……亜蓮」


火憐の声は、かすれていた。


目の前にいる。


取り戻したはずの命。


奇跡。


願いの結果。


火憐は、一歩近づく。


炎が、


まだ身体にまとわりついている。


黒を含んだ炎。


消そうとしても、


消えない。


「……亜蓮」


もう一度呼ぶ。


手を伸ばす。


その時だった。


亜蓮が、


後ずさった。


一歩。


明確に。


火憐の手が、止まる。


「……姉ちゃん」


亜蓮の目が、


火憐の炎を見ている。


その目にあるのは、


再会の喜びじゃない。


恐怖だった。


「……その炎」


声が震える。


「……何」


火憐の呼吸が浅くなる。


「怖い」


その一言が、


世界を切り裂いた。


火憐の手が、


空中で止まったまま動かない。


指先が、


わずかに震えている。


「……違う」


否定する。


でも。


炎は消えない。


黒が、


火憐の身体に絡みついている。


生き物みたいに。


「違うよ……」


もう一歩近づこうとする。


亜蓮が、


さらに下がる。


「来ないで」


完全な拒絶。


火憐の視界が、


歪む。


守りたかった。


守れなかった。


取り戻した。


なのに。


もう、


守る対象は、


自分を恐れている。


その瞬間。


足元の影が、


揺れた。


黒が、


滲み出る。


破片からじゃない。


外からじゃない。


火憐の中から。


怒り。


悲しみ。


絶望。


行き場のない感情。


それに、


反応するものがあった。


黒い粒子が、


火憐の周囲に集まる。


炎に絡みつく。


まるで、


寄り添うみたいに。


慰めるみたいに。


――分かる。


声なき声。


――奪われた。


――否定された。


――壊された。


炎が、


黒く染まる。


火憐の瞳が、


わずかに揺れる。


「……っ」


歯を食いしばる。


怒りの行き先は、


もういない。


壊した本人は、


もういない。


ぶつける相手が、


いない。


だから。


黒は、


火憐に寄り添った。


憤怒は、


敵として現れなかった。


味方の顔をして、


火憐にまとわりついた。


共鳴するように。


火憐の炎が、


一段、重くなる。


熱じゃない。


質量を持った炎。


溶かすための炎。


火憐の肩が、


小さく震えた。


怒りで。


悲しみで。


そして。


初めて。


憤怒が、


火憐の中に、


居場所を見つけた。


____


「……っ」


亜蓮が、


息を呑む。


「姉ちゃん……?」


反応はない。


黒炎の中で、


“それ”は動かない。


ただ、


脈打っている。


生まれ直すように。


「離れろ」


春が、低く言った。


本能が理解していた。


あれは、


もう、


仲間じゃない。


その時だった。


――ぞわり。


空間の奥で、


別の“何か”が動いた。


振り返る。


パンドラ。


彼女の髪が、


動いていた。


いや。


髪じゃない。


髪の先端が、


裂けている。


そこに。


小さな箱が、


無数に生えていた。


花じゃない。


果実じゃない。


口。


食虫植物のように、


開閉している。


「……ああ」


パンドラが、


呟いた。


声が、


少しだけ変わっている。


重なっている。


複数の声が。


「解放」


嬉しそうに。


「全部」


箱が、


一斉に開いた。


中は、


暗闇だった。


底のない闇。


そこに、


何かを収めたがっている。


「集める」


パンドラの視線が、


火憐に向く。


そして。


空間の、


遠く。


消えたはずの方向。


片桐りりが消えた先。


「暴食」


その名前を、


口にした瞬間。


空気が、


重くなった。


興味。


好奇心。


回収欲求。


人器としての本能。


そして。


火憐の黒炎が、


それに反応する。


憤怒もまた、


“暴食”という存在を認識した。


向かう。


二つの異常が、


同時に動き出そうとした。


その瞬間。


「――こっち!」


声。


全員が振り返る。


廃墟の端。


割れたカーブミラー。


その鏡の奥に、


誰かがいた。


鏡の中に。


現実じゃない。


反射の中に。


少女が、


手招きしている。


「早く!」


現実の声じゃない。


でも。


確実に、


届いている。


「そこにいると」


少女が言う。


「喰われるよ」


鏡の中の世界が、


揺れる。


裏側。


空想の世界。


反射の世界。


「来て!」


迷う時間はなかった。


パンドラの箱が、


完全に開こうとしている。


火憐の黒炎が、


臨界に達しようとしている。


春が叫ぶ。


「入れ!」


最初に、


美波が飛び込む。


次に、


亜蓮。


葵。


久我。


夢じゃない。


鏡が、


入口になっている。


春が、


最後に振り返る。


黒炎の中の、


火憐。


パンドラの、


異形の姿。


「……待ってろ」


誰に言ったのか、


自分でも分からない。


そして、


鏡の中へ踏み込んだ。


次の瞬間。


世界が、


反転した。


鏡が、


砕ける。


外側の世界が、


完全に閉じた。


残されたのは。


憤怒と。


変異したパンドラと。


そして。


どこかで、


笑っている、


片桐りりと。


暴食の目覚めへ向かう、


静かな足音だけだった。


____


鏡へ踏み込もうとした、その瞬間だった。


――ゴン。


低い音。


地面の奥から。


塔の底から。


いや。


都市そのものの底から。


「……なんだ」


久我が足を止める。


次の瞬間。


――ゴン。


また。


今度は、


全員の身体が揺れた。


地震じゃない。


もっと局所的な。


もっと“重い”振動。


葵の影が震える。


零の声が、低く響く。


「……来る」


その声には、


はっきりとした警戒があった。


憤怒でもない。


パンドラでもない。


別の王。


もっと、


原始的な存在。


――ゴン。


三度目。


今度は、


音と同時に、


空気が消えた。


圧力。


呼吸が、


潰される。


肺が、


動かない。


そして。


廃墟の奥。


闇が、


“沈んだ”。


いや。


違う。


沈んでいたものが、


浮上した。


瓦礫が、


ずれる。


建物が、


軋む。


まるで。


都市そのものの下に、


何か巨大な生物が横たわっていて、


今、


寝返りを打ったように。


「……は」


美波の喉が鳴る。


理解した瞬間、


身体が動かなくなる。


本能が、


逃げることすら拒否していた。


それは、


存在してはいけない質量だった。


闇の中で。


“口”が、


開いた。


人の形じゃない。


獣でもない。


ただ、


喰うためだけに進化した構造。


黒が、


周囲から、


集まっていく。


吸い込まれるように。


地面に落ちていた黒粒子も、


空気中の残滓も、


憤怒の炎すら、


わずかに引き寄せられる。


「……暴食」


零が、


確信を持って言った。


目覚めた。


完全に。


眠りから。


都市を喰らい尽くした王が、


今、


こちらを認識した。


そして。


動いた。


一歩。


それだけで。


地面が沈む。


逃げなければ。


全員が理解している。


でも。


身体が、


動かない。


格の差。


存在の差。


捕食者と、


餌の差。


暴食が、


顔を向ける。


目はない。


だが、


確実に、


“見られた”。


「――ハル!!」


鏡の中の少女が叫ぶ。


「早く!!」


その声で。


春の身体が動いた。


葵の腕を掴む。


「行け!!」


押し込む。


久我が美波を放り込む。


亜蓮も、


続く。


夢魔も、


気だるそうに、


しかし確実に鏡の中へ消える。


最後に。


春。


暴食が、


腕を上げる。


巨大な影。


振り下ろされれば、


都市ごと消える。


その瞬間。


春は、


鏡の中へ飛び込んだ。


――ドン。


衝撃。


鏡のあった場所が、


完全に消えた。


暴食の腕が、


空間ごと、


喰らった。


だが。


そこにはもう、


何もいない。


暴食は、


動きを止める。


理解できない。


獲物が、


消えた。


憤怒の炎が、


その横で燃えている。


変異したパンドラが、


箱を鳴らしている。


そして。


遠くで。


片桐りりが、


それを見て、


静かに笑っていた。


「起きたね」


満足そうに。


「これでいい」


暴食が、


完全に目を覚ました。


世界を喰らう王が、


再び、


活動を始めた。


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