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パレット  作者: 青原朔
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ep64.悪役

静寂。


誰も、すぐには動けなかった。


戻ってきた者。


壊れた箱。


そして。


全てを壊した張本人。


片桐りりだけが、動いていた。


「ふふ」


小さく笑う。


嬉しそうでもなく。


誇らしげでもなく。


ただ。


予定通りに進んだことを確認するような笑みだった。


春が、一歩前に出る。


「……りり」


声は低かった。


怒りも。


憎しみも。


感謝も。


まだ形になっていない感情が、混ざっていた。


りりは、その視線を真正面から受け止めた。


「久しぶり」


まるで。


何も壊していないかのように。


「封印、苦しかった?」


その言葉で。


空気が凍る。


時矢がナイフを構える。


火憐の炎が揺れる。


魅魅の影が、火憐の足元で蠢いた。


青原が、煙を吐いた。


「……動くな」


静かな声だった。


全員が止まる。


りりだけが、笑った。


「優しいね、やっぱり」


春を見て。


言う。


「君は」


「壊されても」


「壊した相手を殺さない」


一歩。


後ろに下がる。


誰も追えない距離。


「だから」


「世界は、君を選ぶ」


その瞬間。


空間が歪む。


黒ではない。


能力でもない。


“複製の歪み”。


マイトマイン。


りりの輪郭が、


複数に分裂する。


一人。


二人。


三人。


どれが本物か分からない。


「待て!」


春が叫ぶ。


りりの声が、


重なって響いた。


「またね」


優しく。


本当に優しく。


「神木春」


次の瞬間。


すべてのりりが、


同時に消えた。


跡形もなく。


残ったのは、


本物だけの世界。


そして。


取り返しのつかない現実。


青原が、静かに言った。


「……始まったな」


春は、


拳を握る。


理解していた。


これは終わりじゃない。


始まりだ。


封印が解けた。


王が動く。


能力が解放された。


そして。


片桐りりは、


まだどこかで見ている。


次の絶望を、


用意しながら。


___


塔の空気が、変わっていた。


戻ってきた命の温度とは違う。


もっと粘ついた、

もっと重たい“何か”が、空間の底に沈んでいる。


壊れた封印用パンドラボックスの残骸。


その中心から。


黒い霧が、溢れていた。


最初は煙のようだった。


だが違う。


煙は形を持たない。


これは――意思を持っていた。


「……なに、これ」


時矢が、息を呑む。


霧が、蠢く。


集まる。


凝縮する。


そして。


“目”が開いた。


ひとつじゃない。


無数。


黒い塊の表面に、

感情の欠片のような光が、いくつも浮かんでいた。


憎しみ。


恐怖。


渇望。


後悔。


絶望。


封じられていた“悪”。


能力の残滓。


黒の因子。


それらすべてが、

今、解き放たれていた。


「……りり」


火憐の声が震える。


怒りで。


立ち上がる。


「お前……!」


炎が、燃え上がる。


その瞬間だった。


火憐の影が、揺れた。


違う。


影ではない。


火憐の背後の空間から、

黒い何かが這い出していた。


憤怒。


核。


理性を持たない、

純粋な怒りの塊。


それが。


迷いなく。


火憐に、まとわりついた。


「――ッ!」


火憐の呼吸が止まる。


炎が、歪む。


赤だったはずの炎が、

濁った。


黒を帯びる。


「……ああ」


低い声が、火憐の喉から漏れる。


それはもう、


彼女だけの声ではなかった。


「……許さない」


怒りが、増幅する。


何倍にも。


何十倍にも。


視線が、りりを追う。


「お前が」


一歩。


床が、軋む。


「全部」


また一歩。


「全部壊した」


炎が、爆ぜた。


空気が震える。


その時だった。


「……姉ちゃん」


小さな声。


火憐の動きが、止まる。


振り返る。


そこに立っていたのは、


火野亜蓮だった。


生き返った弟。


無事な身体。


戻ってきた命。


火憐の瞳が揺れる。


「……亜蓮」


一歩、近づく。


手を伸ばす。


だが。


亜蓮は――


一歩、後ろに下がった。


「……っ」


火憐の心臓が、止まる。


亜蓮の目。


そこにあったのは。


安堵じゃない。


喜びじゃない。


恐怖だった。


「……姉ちゃん」


震える声。


「その炎……」


「怖い」


その一言が。


刃のように。


火憐の心を裂いた。


「……違う」


否定しようとする。


でも。


炎は止まらない。


憤怒が、絡みついている。


怒りが、離れない。


「違う……!」


炎が、暴れる。


制御できない。


亜蓮が、さらに下がる。


「……来ないで」


火憐の視界が、崩れる。


怒りと。


悲しみと。


絶望が、混ざる。


その中心で。


憤怒が、笑っていた。



その時。


別の変化が起きていた。


パンドラ。


床に膝をついたまま、


壊れた箱を見ていた。


その瞳が、


ゆっくりと変わる。


「……ああ」


声が、歪む。


いつもの少女の声じゃない。


もっと深い。


もっと古い声。


髪が、揺れた。


伸びる。


伸びていく。


先端が、分裂する。


枝分かれする。


その先に。


箱が、生まれた。


一つ。


二つ。


十。


百。


無数。


髪の毛の先に、


小さな箱が、実をつける。


まるで。


食虫植物の口のように、


わずかに開閉していた。


カチ、カチ、と。


「……解放」


パンドラが、呟く。


いや。


それはもう、


パンドラだった“少女”ではなかった。


人器パンドラ


能力そのものの存在。


完全体。


瞳が、


春を見る。


青原を見る。


そして。


世界を見る。


「封印は、終了した」


声に、


感情がなかった。


ただの機構。


ただの“箱”。


その存在が、


完全に目覚めていた。



春は、そのすべてを見ていた。


戻ってきた命。


壊れた封印。


解き放たれた悪。


憤怒に侵される火憐。


怯える亜蓮。


変貌したパンドラ。


そして。


すべての原因。


片桐りり。


もう、ここにはいない。


だが。


確かに、


この世界を変えた。


不可逆に。


春は、理解していた。


これは勝利じゃない。


これは。


戦争の始まりだった。



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