ep56.対面試練-火野火憐2
対面試練 ――火憐(後半)
炎が、空間を塗り潰していた。
色がない。
赤でも、橙でもない。
黒に近い熱。
粘りつくような、逃げ場のない熱。
亜蓮は後退る。
「……姉ちゃん」
呼び方が、幼い頃のままだった。
その声が。
火憐の胸の奥を、ほんの一瞬だけ刺した。
でも。
もう遅かった。
理性は、ほとんど残っていない。
ブラックアウトに引きずり込まれた心は、
“守る”という歪んだ命令だけを繰り返している。
魅魅を守れ。
魅魅を守れ。
魅魅を守れ。
そのためなら、
何でも壊せ。
「……来ないで」
火憐が言う。
声は震えているのに、
身体は止まらない。
炎が腕にまとわりつく。
地面が溶ける。
空気が裂ける。
亜蓮は理解していた。
これは戦いじゃない。
事故でもない。
試練でもない。
これは。
「……殺し合いだ」
小さく呟く。
拳を握る。
炎が灯る。
弱い。
それでも、消えない。
「姉ちゃん」
一歩踏み出す。
火憐の瞳が揺れる。
ほんの一瞬。
昔の火憐が戻る。
夏祭り。
花火。
手を引いて歩いた帰り道。
転びそうになった自分を支えてくれた姉の手。
「……姉ちゃんは」
亜蓮が言う。
「そんな顔、しない」
その言葉が。
火憐の中で何かを壊した。
泣き声のような笑いが漏れる。
「……うるさい」
炎が膨れ上がる。
制御不能。
「うるさいうるさいうるさい!!」
叫ぶ。
自分に向けて。
過去に向けて。
未来に向けて。
「守れなかったくせに!!」
炎が放たれる。
避けられない距離。
避けようとしなかった。
亜蓮は、ただ目を閉じた。
「……ごめん」
最後に言った。
それは姉に向けた言葉だった。
爆発。
光。
音が遅れて来る。
そして。
静寂。
炎が収まる。
煙の向こうに。
膝をついた火憐がいた。
呼吸が荒い。
瞳が戻ってくる。
理性が。
現実が。
世界が。
ゆっくりと帰ってくる。
「……あれ」
手を見る。
震えている。
炎は消えている。
でも。
足元に。
黒く焼けた跡。
その中心に。
倒れている身体。
「……」
近づく。
歩けない。
それでも近づく。
膝から崩れる。
「……あれ」
声が出ない。
喉が詰まる。
手を伸ばす。
触れる。
冷たい。
まだ少しだけ温かい。
「……うそ」
頭が理解を拒否する。
目は見ているのに。
脳が否定する。
「……起きて」
揺する。
反応はない。
「ねえ」
もう一度揺する。
炎が出そうになる。
止める。
怖い。
怖い。
怖い。
「……ねえ」
涙が落ちる。
止まらない。
嗚咽が漏れる。
「……ごめん」
声が壊れる。
「ごめんごめんごめんごめん」
抱きしめる。
焦げた匂い。
血の匂い。
自分の炎の匂い。
全部が混ざる。
「私が」
震える。
「私が殺した」
理解した瞬間。
世界が崩れた。
「……嫌だ」
叫ぶ。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
魅魅が後ろから見ている。
何も言わない。
言えない。
火憐は、泣きながら笑った。
完全に壊れた笑いだった。
「ねえ……」
空を見上げる。
「強くなりたかっただけなのに」
「守りたかっただけなのに」
「なんで」
拳を地面に叩きつける。
炎が爆ぜる。
「なんでこうなるの!!!!」
静寂。
その中で。
火憐は、ゆっくり魅魅の方を見た。
助けを求める子供の目だった。
「……ねえ」
震える声。
「どうしたら」
涙でぐしゃぐしゃの顔。
「この痛み、消える?」
魅魅は少しだけ笑った。
優しく。
残酷に。
「消えないよ」
間。
「でも」
手を差し出す。
「代わりに、忘れさせてあげる」
火憐は。
迷わなかった。
その手を掴んだ。
その瞬間。
二人の影が、重なった。
炎が、色を変えた。
人が。
王に近づく瞬間だった。




