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パレット  作者: 青原朔
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ep53.それぞれの覚悟

塔の内部は、静かすぎた。


音がない。


風もない。


心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。


星崎天音は、ひとり立っていた。


どこまで続いているのか分からない、灰色の空間。


上も、下も、境界が曖昧だった。


「……」


一歩、踏み出そうとした、その時だった。


空間が、裂けた。


音もなく。


目の前に。


“扉”が現れた。


黒でもない。


白でもない。


存在そのものが、現実から浮いているような扉。


そして。


その表面に、文字が浮かぶ。


――対面試練、開始。


天音の呼吸が、止まる。


「……これ……」


声が、出ない。


でも。


理解はできた。


これは。


バビロンの、別のルール。


「……誰かが」


喉が、乾く。


「バビロンを、使ってる……」


別チーム。


侵入者。


つまり。


――対面試練。


一対一。


勝敗。


そして。


敗者は。


「……」


天音の指先が、わずかに震えた。


戦う。


それはいい。


今まで、何度も戦ってきた。


黒とも。


能力者とも。


でも。


今回は、違う。


相手は――


“誰か”。


同じように。


願いを持って。


ここまで登ってきた。


同じように。


何かを取り戻すために。


ここに立っている。


「……殺すの?」


自分の声が。


自分のものじゃないみたいに聞こえた。


殺さなければ。


進めない。


進まなければ。


願いは叶わない。


つまり。


これは。


選択じゃない。


強制。


胸が、締め付けられる。


怖い。


怖い。


怖い。


初めてだった。


“現れる誰かを、自分の意思で殺す”という恐怖は。


黒は、違う。


あれは、人じゃない。


でも。


この扉の向こうにいるのは。


きっと。


人だ。


願いを持った。


誰か。


「……」


それでも。


天音は、目を閉じた。


思い出す。


あの日。


消えた夜。


伸ばした手が、届かなかった瞬間。


「……ハル」


小さく、名前を呼ぶ。


守れなかった。


取り戻せなかった。


だから。


今度は。


「……進む」


震えは、止まらない。


怖さも、消えない。


それでも。


一歩、前へ出た。


扉に触れる。


冷たい。


まるで、死体の皮膚みたいだった。


それでも。


手を離さなかった。


「……ごめんね」


まだ見ぬ誰かへ。


扉が、開いた。


天音の姿が、光の中へ消える。



同時刻。


別の階層。


時矢は、立ち尽くしていた。


目の前にある。


同じ扉。


同じ文字。


同じ意味。


「……マジかよ」


思わず、笑った。


乾いた笑い。


「冗談だろ」


誰も答えない。


当たり前だ。


これは、冗談じゃない。


現実だ。


時矢は、拳を握る。


震えていた。


自分でも分かるほど。


怖い。


怖くないわけがない。


時間を止められる。


そう。


止められる。


でも。


それでも。


“殺したこと”は、ない。


止めた世界の中で。


人を傷つけたことはある。


倒したこともある。


でも。


“殺す”という確信を持って、引き金を引いたことはない。


「……」


思い出す。


あの日。


あの瞬間。


世界が、ズレた瞬間。


守れなかった。


止められなかった。


「……ふざけんなよ」


歯を食いしばる。


バビロンは、試している。


願いの重さを。


覚悟の重さを。


「……上等だ」


顔を上げる。


目の震えは、消えていない。


それでも。


足は止まらない。


「進まなきゃ、意味ねぇだろ」


扉に手を伸ばす。


触れる。


「……来いよ」


震える声で。


それでも。


笑った。


「止めてやる」


扉が、開いた。


時間が、歪んだ。


時矢の姿が、消える。



さらに別の階層。


火野亜蓮は。


扉の前で、動けずにいた。


「……」


呼吸が、浅い。


目の前の扉。


その向こう。


そこにいる。


“誰か”。


分かっていた。


これは、戦いだ。


そして。


殺し合いになる可能性がある。


「……」


手を見る。


震えている。


止まらない。


思い出す。


あの日。


連れていかれた背中。


何もできなかった自分。


無力だった自分。


守れなかった。


止められなかった。


「……今度は」


声が、掠れる。


「止める」


怖い。


怖い。


怖い。


それでも。


逃げたくない。


逃げたくない。


逃げたくない。


「……」


目を閉じる。


開く。


炎が、揺れた。


小さく。


弱く。


それでも。


確かに。


そこにあった。


「……ごめん」


誰に向けたのか、自分でも分からなかった。


扉に触れる。


熱が、伝わる。


自分の熱。


自分の恐怖。


自分の覚悟。


扉が、開いた。


光が、すべてを飲み込む。


亜蓮の姿が、消えた。



バビロンは、静かに見ていた。


願いを叶える塔。


その本質は。


願いのために。


何を捨てられるかを。


試すことだった。

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