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パレット  作者: 青原朔
82/101

ep50.第一層、水卜葵。

バビロン試練 第一層


――葵:いなければよかった人


光が消えた。


落ちる感覚。


重力が消える。


そして――


足が、地面に触れた。


葵は、ゆっくりと目を開けた。


そこは――


学校だった。


見慣れた廊下。


白い壁。


午後の光。


窓の外の空まで、完全に同じだった。


「……ここ」


声が震える。


分かってしまったから。


これは。


過去じゃない。


“もしも”だ。


足音が聞こえた。


反射的に振り向く。


そこに――


ハルがいた。


笑っている。


いつも通りの顔。


そして。


隣に立っているのは。


葵だった。


自分。


でも。


違う。


隣にいる。


当たり前のように。


並んでいる。


二人で笑っている。


――そこに。


星崎天音はいなかった。


存在していなかった。


胸が、強く脈打つ。


息が浅くなる。


これは。


自分が望んだ世界。


何度も思った。


もし。


天音がいなければ。


もし。


あの人が現れなければ。


自分が。


ハルの隣にいられたのに。


ずっと。


ずっと。


思っていた。


その世界が。


目の前にある。


ハルが、笑う。


「葵、行くぞ」


隣の葵に。


自分じゃない葵に。


「うん」


その葵が答える。


当たり前のように。


迷いもなく。


そして。


その手を。


ハルが、掴む。


胸が潰れる。


息ができない。


苦しい。


でも。


目が離せない。


これは。


自分が望んだ世界。


天音がいない世界。


誰も奪わない世界。


誰も割り込まない世界。


二人だけの世界。


バビロンが現れる。


葵の横に。


無表情で。


静かに。


「これは」


「あなたの願望です」


葵は答えない。


答えられない。


「星崎天音が存在しない世界」


「あなたが選ばれた世界」


バビロンの声は感情がない。


ただ事実を並べるだけ。


「この世界を」


「望みますか」


ハルが笑う。


隣の葵も笑う。


幸せそうに。


苦しくなる。


胸が裂けそうになる。


これは。


望んだはずの世界なのに。


どうして。


こんなに。


苦しいの。


その時だった。


影が、揺れた。


葵の足元。


黒い影。


そこから声がする。


——ねぇ。


零。


嫉妬の王。


——これ、欲しい?


声は優しい。


でも。


冷たい。


——奪えるよ。


——この世界。


——あの子を消して。


——私が消すこともできる。


葵の指先が震える。


可能だ。


零なら。


王なら。


この世界を本物にできる。


天音を。


完全に消せる。


ハルを。


自分のものにできる。


望んだ世界。


全部。


手に入る。


その時。


ハルが笑った。


隣の葵に。


「どうした?」


優しい声。


その声を聞いた瞬間。


葵は理解した。


これは。


違う。


このハルは。


自分のハルじゃない。


奪って手に入れたハルは。


本物じゃない。


涙が落ちた。


ぽろりと。


床に。


「……いらない」


声が震える。


でも。


はっきり言った。


「こんなの」


影が揺れる。


零が黙る。


葵は続ける。


「私は」


胸を押さえる。


痛い。


苦しい。


でも。


逃げない。


「天音がいない世界なんて」


涙が溢れる。


「いらない」


世界が止まる。


ハルが消える。


隣の葵も消える。


全部が崩れる。


バビロンが、葵を見る。


「なぜ」


「あなたは望んでいた」


葵は答える。


「望んでた」


正直に。


「今でも」


震える声で。


「羨ましい」


「悔しい」


「嫉妬してる」


影が揺れる。


零が聞いている。


「でも」


顔を上げる。


「それでも」


はっきりと。


「天音は必要だから」


沈黙。


零が。


初めて。


何も言わなかった。


バビロンが告げる。


「試練を確認」


「第一層」


「通過」


世界が崩れる。


光が砕ける。


葵の身体が浮かぶ。


落ちる直前。


影の中で。


零が、小さく笑った。


——ほんと。


——ずるいね。


でも。


その声は。


どこか。


嬉しそうだった。


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