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パレット  作者: 青原朔
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ep46.始まりの扉

夜明けは、音もなく始まっていた。


空はまだ暗い。


だが、黒の濃度がわずかに薄れている。


それだけで、朝が近いと分かる。


瓦礫の上に立つ久我の背中が見えた。


見張りは、まだ続いている。


一晩中、一度も座っていないはずだ。


ハルは、ゆっくりと近づいた。


足音を消すつもりはなかった。


それでも――


久我は振り返らなかった。


「……決めたか」


先に言ったのは、久我だった。


ハルは、止まる。


「……なんのことだよ」


一応、返す。


久我は、小さく鼻で笑った。


「顔だ」


短く言う。


「昨日までと違う」


沈黙。


ごまかす意味は、もうなかった。


「……ああ」


ハルは答える。


「行く」


久我は、何も言わなかった。


ただ、少しだけ視線を上げる。


東京の中心。


崩壊した都市の奥。


誰も戻らない場所。


「バビロンか」


確認。


「……ああ」


ハルは頷く。


久我は、ゆっくりと息を吐いた。


止めない。


説得もしない。


ただ、一つだけ聞いた。


「理由は」


試すような声だった。


覚悟が本物かどうかを。


ハルは迷わなかった。


「朔を起こす」


久我の目が、わずかに細くなる。


「起こして」


続ける。


「対話する」


「取り込むかどうかは、その後だ」


「無理にやれば、俺が消える可能性がある」


「だから」


一拍。


「バビロンが必要だ」


「失敗しても、戻る可能性がある場所が」


風が吹いた。


瓦礫の隙間を抜ける音。


久我は、しばらく何も言わなかった。


そして。


「……正気じゃねぇな」


率直だった。


否定ではない。


事実としての言葉。


「分かってる」


ハルも即答する。


久我は、少しだけ笑った。


ほんの僅かに。


「いい顔してる」


それだけ言った。


それが、了承だった。


止めない。


同行する。


その意味だった。


「他の奴らには」


久我が言う。


「いつ言う」


ハルは、東京の中心を見る。


「……起きたら」


「全員に話す」


逃げない。


隠さない。


全部、共有する。


それが、今の自分の選択だ。


久我は頷いた。


「分かった」


短く。


それだけ。


そして。


「なら」


背を向けたまま言う。


「行く準備を始めるぞ」


その言葉で。


バビロン攻略は、


覚悟から――


現実へ変わった。


____


廃墟の中心に、それはあった。


塔。


あまりにも不自然に。


崩れた都市の真ん中に、まっすぐ、空を貫いている。


コンクリートでも、金属でもない。


黒とも白ともつかない材質が、光を吸い込むように立っていた。


近づくだけで分かる。


――これは建物じゃない。


生きている。


「……これが」


誰かが、小さく呟いた。


その瞬間だった。


塔の表面が、ゆっくりと“呼吸”した。


脈打つように。


波紋が広がる。


そして。


塔の前の空間に、ひとりの少女が現れた。


音もなく。


最初からそこにいたかのように。


長い髪。


無機質な瞳。


表情はない。


だが、確実に“こちらを見ている”。


「ようこそ」


少女は言った。


声は静かで、感情がなかった。


人器バビロンへ」


風が止まる。


空気が、固定される。


逃げ場はないと、本能が理解した。


少女――バビロンは続けた。


「これより、試練を開始します」


一歩も動いていないのに。


その声は、全員の耳元で直接響いた。


「挑戦は、チーム単位で行われます」


「最大人数は五名」


「侵入した時点で、各個体は個別の階層へ転移されます」


周囲の空間が、わずかに歪む。


塔の表面に、複数の“入口”が浮かび上がった。


扉の形をしているが、取っ手はない。


ただの裂け目。


「試練の目的は単純です」


「最上階へ到達すること」


「一名でも到達すれば、そのチームの勝利となります」


淡々と。


機械のように。


「勝利したチームは、願いを一つ叶える権利を得ます」


その言葉に。


誰も、呼吸を忘れた。


願い。


なんでも。


叶う。


噂じゃなかった。


現実だった。


だが。


バビロンは続ける。


「ただし」


空気が、わずかに重くなる。


「他チームが存在する場合」


「試練内容は変更されます」


塔の奥から。


低い音が響いた。


まるで、何か巨大なものが動いたような音。


「各チームに、“対面階層”が生成されます」


「そこでは、チーム同士による直接対決が発生します」


「形式は、一対一」


「三つの階層で、三組の戦闘が行われます」


「二勝したチームが、最上階への進行権を得ます」


沈黙。


つまり。


殺し合いではない。


だが。


殺し合いになる可能性は、完全に許容されている。


バビロンは、最後に言った。


「最上階へ到達した時点で」


「塔は消滅します」


「すべての存在は、外部へ排出されます」


「生存、死亡を問わず」


その言葉は。


あまりにも軽かった。


命すら、ただの条件の一つのように。


そして。


少女は、わずかに首を傾けた。


「準備は、よろしいですか」


逃げ道はない。


選択肢もない。


ここまで来た時点で。


もう。


始まっている。


塔の入口が、静かに開いた。


闇が、待っていた。


――バビロンの試練が、始まる。

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