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パレット  作者: 青原朔
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ep43.片桐りり

煙草の火が、完全に消えた。


焦げた匂いだけが、わずかに残っている。


誰も、すぐには動かなかった。


パンドラも。


時矢も。


亜蓮も。


そして――天音も。


目の前にいる“青原”を見ていた。


封印は完了した。


影は閉じた。


もう、戻らない。


そのはずだった。


「……終わったね」


青原が言った。


静かな声。


何も変わらない声。


あまりにも、いつも通りの声。


天音の胸の奥が、わずかに軋む。


「うん」


短く答える。


それ以上、何も言えなかった。


青原は、ゆっくりとポケットに手を入れた。


そして――


新しい煙草を取り出した。


一瞬。


天音の呼吸が止まる。


だが。


青原は、それを口に咥えない。


指先で、くるりと回すだけ。


「……ああ」


小さく呟いた。


「そうだった」


煙草を、またポケットに戻す。


「僕は、吸わないんだったね」


その瞬間。


天音の心臓が、強く跳ねた。


違和感。


説明できない違和感。


何かが、


決定的に、


ずれている。


だが。


その正体に辿り着く前に――


青原は、笑った。


「ありがとう、天音」


優しい声で。


「君のおかげで」


「計画は、次の段階に進める」


その言葉に、


誰も違和感を覚えなかった。


覚えられなかった。


なぜなら。


それは、


青原が“いつも言いそうな言葉”だったから。



その夜。


誰もいない部屋で。


青原は、一人で立っていた。


窓の外。


夜の街。


光のない空。


そして。


ゆっくりと、


口元が歪む。


「……やっとだ」


声が変わる。


青原の声なのに。


青原じゃない声。


少しだけ高い。


少しだけ軽い。


少しだけ――


愉しそうな声。


「やっと、封印できた」


指先を見る。


細い指。


白い指。


だが。


その影は、


一瞬だけ、


少女の形に戻る。


片桐りり。


「本物は、邪魔だった」


ぽつりと呟く。


責めるでもなく。


憎むでもなく。


ただ。


事実として。


「強すぎた」


「優しすぎた」


「完璧すぎた」


窓ガラスに、自分の姿が映る。


青原の姿。


完璧な再現。


瞬きのタイミングまで。


呼吸の間隔まで。


声の揺れまで。


すべて。


「マイトマイン」


小さく言う。


「想定した存在を、現実にする能力」


指先で、


自分の頬に触れる。


温度がある。


脈がある。


生きている。


「もう」


小さく笑う。


「僕は、“青原”だ」


その言葉に、


一切の迷いはなかった。


「天音も」


「時矢も」


「亜蓮も」


「パンドラも」


「誰も気づかない」


「気づけない」


なぜなら。


本物の青原を、


誰よりも理解しているのは、


片桐りり自身だから。


「君は、優しすぎたよ」


封印された闇の方向を見る。


「だから、負けた」


責めているわけじゃない。


むしろ。


敬意だった。


「でも」


視線を上げる。


遠くを見る。


東京の方向。


黒の王たちがいる場所。


そして。


神木ハルがいる場所。


「これで」


唇が、ゆっくりと歪む。


「全員、同じ舞台に立てる」


「王も」


「能力者も」


「資産も」


「全部」


指先が、わずかに震える。


興奮。


期待。


歓喜。


「バビロン」


その名前を口にする。


「願いを叶える存在」


「死者すら、取り戻せる場所」


目を閉じる。


そして、


静かに開く。


「――楽しみだ」


その目は。


もう、


人間の目ではなかった。


それは。


観測者の目。


支配者の目。


舞台を整え、


役者を配置し、


物語を進める者の目だった。


「さあ」


偽青原――片桐りりは、


静かに呟く。


「物語を、始めよう」


本物の青原を封印したまま。


その名前を使って。


その信頼を使って。


その未来を使って。


すべてを、


自分のものにするために。

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