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パレット  作者: 青原朔
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ep41.未来への投資

夜は深く、空気は静かだった。


拠点の灯りは最小限だけ残され、

壁に伸びる影がゆっくり揺れている。


青原は、パンドラの持つ箱を見ていた。


黒い箱。


ただの容器に見える。

だが、その内部は空間そのものだ。


「天音」


青原が呼ぶ。


星崎天音が振り返る。


「なに、青原さん」


青原は、少しだけ言葉を選んだ。


「これを持っていてほしい」


パンドラが、静かに前へ出る。


両手で抱えていた箱を差し出す。


天音はすぐには受け取らなかった。


「……これは?」


「隔離用だ」


青原は答える。


「対象を、そのまま閉じ込める」


「傷つけずに」


「壊さずに」


「そのまま、止める」


天音の指が、わずかに動く。


「……そんなもの、使う状況って」


青原は笑った。


「来ないのが一番だよ」


その言葉は本心だった。


本当に。


そう願っていた。


「でも」


続ける。


「もし、取り返しがつかなくなった時」


「これは、最後の手段になる」


天音は、箱を見つめた。


黒い表面。


何も映さない。


底の見えない闇。


「……青原さんは?」


青原は肩をすくめた。


「僕は持たない」


「君が持つべきだ」


「この中で、一番“正しく選べる”のは君だから」


沈黙。


天音は、ゆっくりと手を伸ばした。


箱を受け取る。


冷たい。


予想より重い。


まるで――


責任そのものみたいだった。


「……わかった」


短く答える。


パンドラが、小さく言う。


「それ、“入れるだけ”の箱」


「開けるかどうかは、持ってる人次第」


天音は何も言わなかった。


ただ、強く抱えた。


青原は、それを見て――


安心したように、目を細めた。


その時。


背後で、かすかな足音がした。


軽い。


静かな。


りりだった。


影の中で、立ち止まっている。


誰も気づかない。


誰も見ない。


りりは、その箱を見ていた。


じっと。


まるで。


未来を確認するように。


______



風もなく、音もなく、

ただ街灯の白い光だけが路地を照らしている。


青原は壁にもたれ、煙草を指先で弄んでいた。


火はついていない。


吸うつもりはなかった。


ただ――考える時、手に持つ癖があるだけだ。


「……」


足音。


軽い。


ほとんど音にならない足音。


それでも、分かった。


「片桐さん」


振り返らずに、僕は名前を呼んだ。


「はい」


静かな声が返る。


片桐りりは、街灯の下に立っていた。


影の中から現れたみたいに、自然に。


気配が薄い。


人間なのに、まるで猫みたいだった。


りりの視線は、僕の手元へ落ちる。


煙草。


そして、小さく首を傾ける。


「吸わないんですか?」


「学生の前では吸わないって決めてるからね」


僕は答えた。


それは、守り続けている約束だった。


りりは、ゆっくりと近づいてくる。


距離を測るように。


観察するように。


「青原さん」


呼ぶ声は、柔らかかった。


「火、つけます?」


僕は一瞬だけ迷い、


そして煙草を差し出した。


「……お願いしようかな」


りりはライターを取り出した。


カチ、と音がする。


小さな炎。


その光が、彼女の瞳に映る。


揺れる。


まるで――理解したように。


火が煙草に触れる。


じり、と先端が赤く染まる。


煙が生まれる。


僕はそれを口に運び、吸った。


吐く。


白い煙が、夜に溶ける。


その瞬間だった。


違和感。


気配が――二つある。


僕は、ゆっくりと視線を上げた。


そこに。


僕がいた。


同じ顔。


同じ体。


同じ姿。


煙草を持った僕と。


持っていない僕。


完全に同じ存在。


鏡じゃない。


影でもない。


“もう一人の僕”。


そして、そのもう一人が。


僕の仕草で、煙を吐いた。


「……」


理解した。


能力。


いや。


それ以上のもの。


これは――


「マイトマイン」


僕は静かに呟いた。


もう一人の僕が、微かに笑う。


その笑い方は、


僕がしない笑い方だった。


「そうか」


僕は言った。


確信を持って。


「裏切り者は君だったか」


その瞬間。


背後の空気が揺れた。


「青原さん?」


星崎天音が現れる。


彼女の視界に映ったのは――


青原が二人。


どちらも、本物にしか見えない。


煙草を持った僕と。


持っていない僕。


沈黙。


そして。


煙草を持った“僕”が、天音の方へ歩いた。


「天音」


僕の声で、呼ぶ。


完璧に同じ声で。


「そいつは偽物だ」


一歩。


近づく。


「確保してくれ」


天音の瞳が揺れる。


迷い。


困惑。


疑念。


その全てを。


“僕”は知っている。


当然だ。


僕だから。


もう一人の僕――本物の僕は、動かない。


逃げない。


ただ。


見ていた。


選択の瞬間を。


煙が、ゆっくりと夜に溶けていった。


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