ep38.祭りの余韻
夜はもう深かった。
祭りの喧騒は完全に消え、街には静かな風だけが残っている。
提灯の灯りも落とされ、空には何もない夜が広がっていた。
路地の奥。
青原は壁にもたれ、煙草を取り出した。
指先で回す。
火はつけない。
ただ、そこにあるだけの重さを確かめるように。
「青原さん」
声。
振り返らなくても分かった。
星崎天音だった。
「須川さんと、何を話してきたんですか?」
青原は少しだけ笑った。
「ちょっと大人の会話をね」
「えー」
天音が頬を膨らませる。
「秘密にするんだー。やだやだ」
子供っぽい仕草。
でも、その目は笑っていない。
全部を見ようとしている目だった。
青原は煙草をポケットに戻す。
「そっちは楽しめたかい?」
天音は一瞬だけ視線を落とし、
それから小さく頷いた。
「うん」
間。
「久しぶりに、ハルとも話せたし」
その名前が出た瞬間、
空気が少しだけ変わる。
青原は何も言わない。
ただ、静かに聞いている。
「ならよかった」
それだけ言った。
天音は顔を上げる。
「今後の方針も決めないとね」
確認するように。
青原は頷いた。
「能力回収?」
「うん」
天音は答える。
「それと――協力も」
その言葉には、
明確な意思があった。
奪うだけじゃない。
借りる。
繋ぐ。
未来のために。
天音は振り返る。
「パンドラ」
呼ぶ。
空間が、静かに歪んだ。
まるで空気に扉があるみたいに。
そこから、
少女が現れる。
黒い髪。
黒い瞳。
そして、黒い箱。
人器――パンドラ。
「移動するよ」
天音が言う。
パンドラは頷いた。
「うん」
両手で箱を持つ。
箱の表面が、静かに脈打つ。
生きているみたいに。
「出入口、開けるね」
ぱちり、と音がした。
次の瞬間。
空間に、黒い裂け目が生まれる。
向こう側は見えない。
ただ、“別の場所”に繋がっていることだけが分かる。
天音は躊躇なく歩き出す。
青原も続く。
パンドラが最後に入る。
裂け目が閉じる。
音もなく。
光もなく。
完全に。
――消えた。
⸻
次に視界が開けた時。
そこは、見慣れない室内だった。
薄暗い。
天井が低い。
簡易的な拠点。
そして。
一人の女が、そこにいた。
椅子に座り、
足を組み、
待っていた。
「遅かったね」
静かな声。
片桐だった。
顔を上げる。
その目は、いつも通り穏やかだった。
「別件が長引いたんだ」
青原が答える。
片桐は立ち上がる。
「収穫は?」
天音が先に答えた。
「うん」
「十分すぎるほど」
その言葉の意味を、
誰も詳しく聞かなかった。
聞く必要がなかった。
全員が、
同じ未来を見ているわけじゃないと、
もう知っていたから。
沈黙。
パンドラが箱を抱え直す。
青原は、
その全員を見渡した。
星崎天音。
時矢。
火野亜蓮。
片桐。
パンドラ。
そして、自分。
――いいチームだ。
本当に。
そう思った。
だからこそ。
「……」
青原は、何も言わなかった。
まだ。
尻尾は見えていない。
でも。
確実に、
何かが、近づいていた。
静かに。
確実に。
終わりへ向かって。




