ep34.選ばないと言う選択
夜は、完全に止まっていた。
東京の外れ。
崩れた高架の下に設営された小さなキャンプ。
火はある。
仲間もいる。
それでも。
誰も、“安心”はしていなかった。
久我が、静かに口を開いた。
「確認する」
全員の視線が集まる。
「朔をどうする」
名前が出た瞬間、空気が重くなる。
誰も、すぐには答えない。
魅魅が、退屈そうに炎を見ながら言う。
「どうするって?」
「簡単じゃない」
「食べられる前に食べる」
その言葉に、火憐が顔を上げた。
「……取り込むってこと?」
魅魅は肩をすくめる。
「王同士なら普通だよ」
「強い方が残る」
「それだけ」
零が、静かに言う。
「無理だよ」
全員が葵を見る。
いや。
その奥にいる、“嫉妬の王”を見ていた。
「今のハルじゃ」
「近づいた瞬間、終わる」
事実だった。
久我も否定しない。
「俺も同意見だ」
腕を組んだまま言う。
「勝負にならねぇ」
火が爆ぜる音。
その中で。
ハルは、ずっと黙っていた。
統が、内側で呟く。
——理解しているはずだ。
——あれは、王の中でも異常だ。
——取り込むなど、自殺行為に等しい。
分かっている。
嫌になるほど。
それでも。
久我が、ハルを見る。
「どうする」
答えを求める声だった。
リーダーとしてじゃない。
選ぶ者として。
ハルは、ゆっくり息を吐いた。
「……取り込まない」
誰かが、息を止めた。
魅魅が、目だけで笑う。
「へぇ」
「理由は?」
ハルは、炎を見る。
揺れている。
消えそうで。
でも、消えない。
「今の俺じゃ」
正直に言う。
「勝てない」
「勝てない相手に、取り込まれに行く意味はない」
沈黙。
それは、敗北宣言だった。
でも。
逃げじゃなかった。
「確認する」
ハルは立ち上がる。
「夢魔に」
久我の眉が動く。
「……あいつに?」
「対話が可能な相手なのか」
ハルは続ける。
「それとも」
「ただの災害なのか」
それを知らなければ。
何も選べない。
魅魅が、くすっと笑う。
「行くんだ」
「一人で?」
ハルは頷く。
「王同士の話だ」
「人間は連れて行かない」
零が、静かに言う。
「……死なないで」
ハルは答えない。
ただ、歩き出した。
キャンプの火から離れる。
闇の中へ。
一歩。
また一歩。
そして。
「待ってたよ」
声。
前からじゃない。
横からでもない。
最初から、そこにいたみたいに。
夢魔――ユマが、崩れた標識の上に座っていた。
パーカーのフードを被ったまま。
だるそうに足を揺らしている。
「来ると思ってた」
ハルは止まる。
距離は、数メートル。
それ以上、近づかない。
「聞きたいことがある」
ユマは、小さく笑う。
「朔のこと?」
即答だった。
ハルは、頷く。
「取り込めると思う?」
ユマは、空を見る。
少し考えるふりをして。
「無理だね」
あっさり言った。
「今の君じゃ」
「起こした瞬間、食べられるよ」
心臓が、一度だけ強く打つ。
「……対話は」
ハルは続ける。
「可能か」
ユマは、視線を戻す。
ハルを見る。
その目は。
眠そうで。
でも。
すべてを見ていた。
「可能だよ」
静かに言う。
「機嫌が良ければ」
最悪の条件だった。
「……機嫌が悪ければ」
ユマは、微笑んだ。
「世界ごと食べる」
冗談じゃない。
本気だった。
沈黙。
風が吹く。
「ねぇ」
ユマが言う。
「君は、どうしたいの?」
ハルは、迷わなかった。
「取り込まない」
はっきりと言う。
「今は」
ユマの目が、少しだけ細くなる。
「賢いね」
本心から言っていた。
「それが正解」
そして。
少しだけ。
楽しそうに。
「でもさ」
首を傾ける。
「他の方法もあるよ」
ハルの眉が動く。
「……他の方法?」
ユマは、笑った。
「うん」
「願いを叶える方法」
一拍。
「バビロン」
その名前が。
初めて。
明確な意味を持って、提示された。
夜が、静かに深くなる。
希望は、まだ形を持っていない。
でも。
確かに。
そこに生まれ始めていた。




