ep33.怠惰と暴食の間
東京の中心は、静かだった。
音がない。
風もない。
崩れたビルも、割れた道路も、動かない。
まるで。
世界そのものが、ここだけ呼吸をやめているみたいだった。
夢魔は、瓦礫の上に座っていた。
パーカーのフードを被ったまま。
足を投げ出し。
だらしなく。
王の姿には見えない。
ただの、眠そうな女にしか見えない。
「……めんどくさいなぁ」
小さく呟く。
返事はない。
当然だ。
ここには誰もいない。
誰もいないはずだった。
それでも。
夢魔は、足元を見る。
地面。
アスファルト。
そこに。
ひび割れがある。
黒い。
深い。
底の見えない亀裂。
まるで。
口みたいだった。
夢魔は、その縁を、つま先で軽く蹴った。
「起きてるでしょ」
返事はない。
でも。
分かっている。
王は、眠っていても、知っている。
全てを。
「ねぇ」
夢魔は、あくびをする。
本当にどうでもよさそうに。
「私はどっちでもいいんだよ」
空を見る。
曇った空。
動かない空。
「人が残ってても」
「いなくなっても」
「終わっても」
「続いても」
肩をすくめる。
「どっちも同じ」
それは本音だった。
怠惰にとって。
世界の存続は、価値を持たない。
ただ。
面倒かどうか。
それだけだった。
少しだけ。
間を置く。
そして。
続ける。
「でもさ」
視線を落とす。
亀裂へ。
「起こされそうだよ」
その瞬間。
地面が。
わずかに。
軋んだ。
音にならない音。
振動にならない振動。
それでも。
確かに。
反応した。
夢魔は、笑わない。
ただ。
告げる。
「貴方を起こすみたい」
名前を呼ぶ。
ゆっくりと。
眠っている存在を、
撫でるみたいに。
「どうする?」
沈黙。
深い沈黙。
世界の底の沈黙。
そして。
夢魔は、最後に言う。
「朔」
その瞬間。
亀裂の奥から。
空気が、消えた。
吸われた。
世界そのものが、
ほんの一瞬だけ、
“減った”。
夢魔の髪が、揺れる。
それでも。
夢魔は動かない。
逃げない。
恐れない。
ただ、見ている。
王を。
同じ王を。
そして。
小さく。
本当に小さく。
呟く。
「……起きるの?」
返事はない。
ただ。
亀裂が、
ほんのわずかに、
広がった。
それだけだった。
夢魔は、立ち上がる。
パーカーの裾を払う。
「まぁいいや」
興味がないように言う。
「どっちでも」
背を向ける。
歩き出す。
「任せるよ」
止まらない。
振り返らない。
「私は」
あくびをする。
「めんどくさいのは嫌だから」
そして。
消えた。
そこにはもう。
誰もいない。
ただ。
亀裂だけが残る。
そして。
その奥で。
何かが、
わずかに、
動いた。
王はまだ、眠っている。
だが。
完全な眠りでは、なくなった。




