ep24.出発
喫茶アオハラの前は、静かだった。
夜の住宅街は、
昼間の気配をすっかり失っている。
街灯の光が、
アスファルトに薄く伸びていた。
その下に、六人が立っている。
誰も、すぐには動かなかった。
「……ここからだな」
久我が言った。
短い言葉だったが、
それが“境界線”だと全員が理解していた。
久我のバイクは、
店の前に停めてある。
大型の黒い車体。
余計な装飾はない。
純粋に、“速く走るためだけ”の機械。
美波が、その後ろに立っていた。
銃ケースを背負い、
無言で車体を見つめている。
「乗れ」
久我が言う。
「……うん」
美波は素直に頷いた。
跨がる動作にも迷いがない。
もう、慣れている。
「振り落とされんなよ」
「落ちない」
即答だった。
久我はそれ以上何も言わず、
エンジンをかけた。
低い振動が、夜に広がる。
一方。
火憐と葵は、店の前から少し離れた場所に立っていた。
箒を手にしている。
「……東京、か」
火憐が呟く。
空を見上げる。
星は見えない。
「飛べる?」
ハルが聞く。
火憐は、少しだけ笑った。
「誰に聞いてんの」
強がりだった。
でも、必要な強がりだった。
葵も、小さく頷く。
「大丈夫」
その声の奥に、
零がいるのが分かる。
守る存在。
そして、王。
ハルは視線を移した。
魅魅が、すぐ隣に立っていた。
何も持っていない。
手ぶら。
ただそこにいるだけ。
それなのに――
一番危険なのは、彼女だった。
魅魅が、ハルを見上げる。
「ねぇ」
「なに」
「ほんとに一緒に行っていいの?」
試すような声。
ハルは即答した。
「約束しただろ」
魅魅の目が、少しだけ細くなる。
嬉しそうに。
「……うん」
満足したように頷いた。
鷹見が、店の前から言う。
「移動手段は確認済みだな」
全員を見る。
「久我と美波は地上ルート」
久我が軽く手を上げる。
「ハルと魅魅はダイブ」
ハルが頷く。
「火憐と葵は飛行」
二人が箒を握り直す。
鷹見は続ける。
「合流地点は旧高速道路入口」
「途中で異常を確認した場合、
無理に交戦するな」
「目的は接触と確認だ」
誰も反論しない。
「……生きて帰れ」
それが最後の言葉だった。
命令じゃない。
願いだった。
久我がアクセルを回す。
エンジン音が強くなる。
「先行する」
そう言って、
バイクは夜の道路へ滑り出した。
美波が振り返らないまま、
手だけ軽く上げた。
すぐに、音は遠ざかる。
火憐が箒に跨る。
「行こっか」
葵が頷く。
二人の体が浮かぶ。
ゆっくりと。
重力を離れる。
風が、髪を揺らす。
「先に行ってる」
火憐が言う。
次の瞬間。
二人は夜空へ消えた。
残ったのは――
ハルと魅魅。
そして、鷹見。
沈黙。
魅魅が、小さく言う。
「ねぇハル」
「なに」
「死なないでね」
冗談みたいな声。
でも、冗談じゃなかった。
ハルは答えない。
代わりに。
影を踏んだ。
足元の闇が、揺れる。
「行くぞ」
魅魅が笑う。
「うん」
その瞬間。
二人の体が、影に沈む。
音もなく。
存在ごと。
消えた。
残ったのは――
鷹見だけだった。
喫茶アオハラの前。
静かな夜。
鷹見は、しばらくその場に立っていた。
全員が消えた後も。
「……行け」
誰に向けた言葉でもない。
それでも。
確かに、届くはずの言葉だった。
東京へ向かう者たちへ。
王の領域へ向かう者たちへ。
――物語は、もう止まらない。




