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パレット  作者: 青原朔
53/102

ep21.同じ教室で

教室の空気は、妙に甘かった。


窓から入る風はいつもと同じはずなのに、

どこか重くて、肺の奥に残る。


理由は分かっている。


教室の中央。


色乃魅魅。


彼女がいる、それだけで。


「ねぇねぇ、魅魅ちゃんってどこから来たの?」

「髪めっちゃ綺麗!触っていい?」

「彼氏いるの?」


クラスメイトたちが群がる。


笑顔。

興味。

好意。


——自然すぎる。


自然すぎて、不自然だった。


魅魅は笑っていた。


柔らかく。

嬉しそうに。

まるで本当に、普通の転校生みたいに。


「うーん、内緒♡」


小首を傾げる。


それだけで、周囲の温度が上がる。


ハルは席から動かない。


動けない。


視線だけが、彼女を追っていた。


その時。


魅魅の目が、こちらを見た。


一瞬だけ。


——ウインク。


誰にも気づかれない角度で。


そして、立ち上がる。


「先生ー、お手洗い行ってきていいですか?」


許可を待たずに歩き出す。


扉の前で、振り返る。


視線だけで、呼ぶ。


ハルは舌打ちした。


……分かってるよ。


席を立つ。


誰も止めない。


誰も気にしない。


まるで、それが当然みたいに。


廊下に出ると、魅魅はすぐそこにいた。


窓際。


光の中に立っている。


振り返らないまま、言う。


「遅い」


責める声じゃない。


拗ねたみたいな声。


「……わざとだろ」


ハルが答える。


魅魅はくすっと笑った。


振り返る。


ツインテールが揺れる。


「鬼ごっこは、もう終わりだよ?」


静かな声。


あの夜と同じ声。


王の声。


「……だな」


ハルは、彼女を見据える。


「それで?」


「何が目的だ」


「学校まで来て」


「俺を監視か」


魅魅は、少しだけ目を丸くした。


それから。


寂しそうに笑った。


「ひどいなぁ」


「約束、したでしょ?」


一歩、近づく。


距離が縮まる。


甘い匂い。


あの黒粒子の匂いと同じ。


「会いに来るって」


胸の奥が、わずかに揺れる。


「……だからって」


「学校に来る必要はねぇだろ」


魅魅は、少し考える仕草をした。


指を唇に当てる。


「だって」


「ここが、ハルの世界でしょ?」


その言葉に、息が止まる。


「ハルが生きてる場所」


「ハルが笑う場所」


「ハルが、普通でいられる場所」


見上げてくる。


真っ直ぐ。


「だから、知りたいの」


「全部」


嘘じゃない。


それが分かるから、余計に困る。


「……王が」


ハルは言う。


「そんな顔すんなよ」


魅魅は、少しだけ眉を寄せた。


「王だからって」


「好きになっちゃダメなの?」


言葉が、詰まる。


返せない。


魅魅は、ふっと笑った。


今度は、いつもの軽い笑顔。


「安心して?」


「約束は守るよ」


「ハルが約束守る限りは」


指先を持ち上げる。


何もない空間。


でもハルには見えた。


微細な、黒い粒子。


「この子たちも、暴れない」


粒子はすぐに消えた。


「……脅しか」


「違うよ」


即答だった。


「お願い」


その一言の方が、よほど重かった。


沈黙。


風が吹く。


カーテンが揺れる。


魅魅は、少しだけ視線を逸らした。


「ねぇ」


小さく言う。


「逃げないでね?」


その声は。


王じゃなくて。


ただの、少女だった。


ハルは、ゆっくり頷いた。


「逃げねぇよ」


その答えを聞いて。


魅魅は、本当に嬉しそうに笑った。


「よかった」


その瞬間。


空気が、わずかに変わった。


温度が下がる。


「……ずいぶん楽しそうだね」


別の声。


冷たい声。


ハルの影が、揺れる。


葵の姿が、そこに立っていた。


でも。


目が違う。


「嫉妬」


魅魅が呼ぶ。


零は、ゆっくりと歩み寄る。


警戒も、敵意も隠さない。


「学校にまで来るなんて」


「必死じゃない」


魅魅は肩をすくめた。


「だって」


「好きなんだもん」


あっさりと言う。


零の眉が、わずかに動く。


「……相変わらず気持ち悪いね」


「褒め言葉?」


「違う」


即答。


二人の間の空気が、軋む。


見えない力がぶつかっている。


王と王。


同格の存在。


魅魅は、零をじっと見た。


それから、少しだけ微笑む。


「嫉妬」


名前を呼ぶ。


「ちゃんと隣にいられてる?」


零の瞳が、細くなる。


「……どういう意味」


魅魅は、答えない。


ただ、ハルを見る。


それから、零を見る。


「取られないようにね?」


その言葉は、冗談みたいで。


冗談じゃなかった。


零の影が、わずかに広がる。


温度が下がる。


魅魅の周囲の空気が、歪む。


でも。


どちらも動かない。


今は、戦わない。


その理由は、一つだけ。


ハルが、そこにいるから。


魅魅は、くるりと背を向けた。


「じゃあね」


「また教室で」


去っていく。


普通の転校生の歩き方で。


零は、しばらくその背中を見ていた。


それから。


ぽつりと呟く。


「……最悪」


でも。


その声には、ほんの少しだけ。


焦りが混じっていた。


ハルは、何も言わなかった。


言えなかった。


王が二人。


同時に、自分の隣に立っている。


それが何を意味するのか。


もう。


分かり始めていた。

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