ep19.色欲の王
魅魅は、ハルの目を見ていた。
逃げないか。
壊さないか。
その答えを、言葉じゃなく、“目”で確かめるみたいに。
夜の粒子が、二人の間でゆっくりと揺れている。
甘い匂いが、まだ残っている。
壊れた能力者たちの残滓。
愛と呼ばれて、
耐えきれなかった証拠。
ハルは、それを見た。
倒れている人間たち。
焦点の合わない目。
同じ言葉だけを繰り返す口。
「好き……」
「会いたい……」
それは、救いじゃない。
拘束だ。
檻だ。
感情の形をした、牢獄だ。
――これが、お前の孤独か。
ハルは、魅魅を見た。
王。
色欲。
人の心を侵し、
依存させ、
壊し、
それでも。
“好きになってほしい”と願う存在。
矛盾している。
壊しているのに。
求めている。
奪っているのに。
信じている。
「……なぁ」
ハルは、静かに口を開いた。
魅魅の目が、揺れる。
「お前」
一歩、近づく。
久我が何か言いかけて、やめた。
零も、止めない。
これは、ハルの戦いだと分かっているから。
「ずっと、一人だったんだろ」
魅魅の呼吸が、止まった。
完全に。
「好きになってほしいって」
「言ってるくせに」
「誰も信じてない」
「信じ方を知らない」
「だから」
ハルは、倒れている能力者を指した。
「こうするしかなかった」
魅魅の唇が、わずかに震えた。
「違う」
小さく言う。
でも。
否定しきれない声だった。
「違わない」
ハルは、否定を否定する。
「お前は」
「一度も、“好きになってもらえたこと”がない」
沈黙。
夜が、凍りつく。
魅魅の目の奥。
そこに、初めて――
“王”じゃないものが見えた。
「……だから」
ハルは言う。
「壊すしかなかったんだろ」
「繋ぎ止める方法が、それしかなかったから」
魅魅の視界が、揺れる。
黒粒子が、ざわ、と乱れた。
感情が、漏れている。
「……っ」
声にならない音が、喉から漏れる。
ハルは、もう一歩、近づいた。
あと一歩で、触れる距離。
でも、触れない。
触れれば、壊れるかもしれないから。
だから、言葉で届かせる。
「俺も、同じだ」
魅魅の目が、見開かれる。
「……え?」
「置いていかれた」
「消えた」
「理由も分からずに」
アマネの背中。
消えた日。
空白。
何も残らなかった時間。
「ずっと、分からなかった」
「なんで俺なんかが、生きてるのか」
「なんで、俺なんかが選ばれたのか」
拳を握る。
爪が、掌に食い込む。
「黒を取り込んで」
「強くなって」
「王を倒して」
「全部終わらせれば」
「一人じゃなくなると思ってた」
吐き出す。
ずっと、胸の奥に溜めていたものを。
「でも違った」
「強くなっても」
「黒を手に入れても」
「孤独は消えなかった」
零が、わずかに目を伏せる。
それを、知っているから。
「……でも」
ハルは、魅魅を見る。
まっすぐに。
「お前は、まだ終わってない」
「壊れてない」
「壊れてるふりしてるだけだ」
魅魅の呼吸が、乱れる。
「……違う」
弱い声。
初めての、弱さ。
「壊れてるよ」
「最初から」
「だって私」
笑おうとする。
でも、笑えない。
「誰にも」
「選ばれたこと、ないから」
その瞬間。
ハルは、言った。
「じゃあ」
一歩、踏み込む。
魅魅のすぐ前。
逃げ場のない距離。
「俺が選ぶ」
世界が、止まった。
魅魅の目が、完全に見開かれる。
「……え」
「壊すな」
ハルは言う。
「撒くな」
「奪うな」
「その代わり」
胸を指差す。
「ここにいろ」
自分を指差す。
「逃げるな」
「俺も逃げない」
「お前が王でも」
「黒でも」
「色欲でも」
関係ない。
「一人でいるな」
その言葉は。
命令じゃない。
願いでもない。
約束だった。
「……っ」
魅魅の瞳から。
一滴、落ちた。
黒でも。
粒子でもない。
透明な雫。
「……ほんとに?」
震える声。
「壊さない?」
ハルは、頷く。
「壊させない」
魅魅の肩が、震える。
ツインテールが、揺れる。
黒粒子が、ゆっくりと崩れていく。
空気から、消えていく。
甘い匂いが、薄れていく。
魅魅は、初めて――
粒子を、自分の意思で止めた。
「……じゃあ」
小さく言う。
壊れそうな声で。
「約束して」
ハルは、即答した。
「する」
魅魅は、目を閉じた。
その顔はもう、
王じゃなかった。
ただの、
孤独だった少女だった。
「……逃げないでね」
ハルは、答える。
「逃げない」
その瞬間。
色欲の王は、
初めて。
“孤独”から、解放された。
以上を持って色欲編、終了です。
以降東京編へ移ります。
時系列がやや違う場面が出ますが前書きになるべく残そうかなと思ってます。




