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パレット  作者: 青原朔
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ep14.理性

ツインテールが、ゆらりと揺れた。


重力を無視するみたいに、

ふわ、と遅れて。


空気が、粘る。


甘い匂いが、喉に貼りつく。


香水でもない。

花でもない。


もっと生々しい。


体温のある匂い。


「……あ」


少女は小さく首を傾げた。


「来ちゃった」


「お客さん」


にこ、と笑う。


可愛い。


——はずだった。


目は大きい。

肌は白い。

唇は薄く赤い。


顔立ちだけ見れば、ただの少女。


なのに。


「……っ」


ハルの奥歯が、ぎり、と鳴る。


本能が叫んでいる。


——近づくな。


——見続けるな。


——目を逸らせ。


それでも。


視線が外れない。


「……魅魅みみ


自分の口が、勝手に動く。


統の声。


「色欲の王」


「精神汚染特化個体」


「接触は推奨しない」


「会話も最小限に留めろ」


「視線固定は危険——」


「うるさいなぁ」


魅魅が、ふっと笑った。


統の声が、途切れる。


「頭の中でごちゃごちゃ喋るの、やめてくんない?」


軽い口調。


なのに。


空気が、びり、と震えた。


「気持ち悪いの」


ぞくり、と背筋が冷える。


今。


こいつ。


統の存在を、感じ取った。


「……あは」


「なにそれ」


「混ざってるんだ」


「黒、いっぱい」


興味津々みたいに、

ハルの顔を覗き込む。


距離が近い。


近すぎる。


甘い匂いが、肺に入る。


頭が、ぼんやりする。


「ハル」


横から、低い声。


久我。


「見るな」


短い命令。


その一言で、意識が戻る。


はっとして、視線を切る。


「……っ」


危なかった。


ほんの数秒。


それだけで。


「へぇ」


魅魅が唇を尖らせる。


「効かないんだ」


「つまんないの」


「普通さぁ」


くるり、とその場で回る。


スカートがふわりと広がる。


「みんなもっと」


「私のこと、好きになってくれるのに」


周囲を見る。


笑っている人間たち。


抱き合うカップル。


泣きながら縋る女。


全員、魅魅を見ている。


全員、幸せそうに。


壊れた笑顔で。


「……あれ、お前がやったのか」


久我が吐き捨てる。


「んー?」


魅魅は指先を口元に当てる。


「違うよ?」


「私、ちょっと撒いただけ」


「勝手に堕ちただけ」


「みんな“そうしたかった”んだもん」


黒い粒子が、

光の中で、きらきらと舞っている。


雪みたいに。


埃みたいに。


ゆっくりと、人に降り積もる。


「……黒粒子」


統が低く呟く。


「効率的だな」


「黙れ」


ハルが小さく吐き捨てる。


魅魅が、くすっと笑った。


「ふふ」


「喧嘩してるの?」


「仲悪いの?」


「かわいいね」


その「かわいい」が。


火憐の時と同じ響きで。


ねっとりと耳に絡む。


「……っ」


胸が、ざわつく。


思考が、甘く溶ける。


——かわいい


違う。


違うだろ。


頭を振る。


「……やっぱり」


魅魅が、少しだけ残念そうに言った。


「強い人って、面倒」


「すぐ落ちないんだもん」


そして。


にっこり笑う。


「でもさ」


「ゆっくりでいいの」


「時間はいっぱいあるし」


「逃げられないよ?」


その瞬間。


足元のアスファルトが、黒く染まる。


粒子が、地面を這う。


「ここ、もう」


「私の庭だから」


背筋に、冷たい汗。


久我が、拳を鳴らす。


「……どうする」


短い問い。


ハルは、魅魅を見る。


ツインテールが揺れる。


無邪気な顔。


なのに。


この場の誰より、危険。


「……捕まえる」


小さく言う。


「話、聞くんだろ」


「王に」


久我が、ニヤッと笑った。


「正気か」


「今さらだろ」


ハルも、笑った。


少しだけ。


「俺ら、もうとっくに正気じゃねぇよ」


魅魅が、目を細める。


楽しそうに。


「……あは」


「いいねぇ」


「そういうの、好き」


「壊れる寸前の顔」


その瞬間。


黒粒子が、ぶわっと舞い上がった。


視界が、ピンクに染まる。


甘い匂いが、爆発する。


「来るぞ!」


久我の声。


魅魅の笑い声。


世界が、歪む。


——色欲の王。


接触完了。


ここから先は。


理性が、武器になる。


黒粒子が、ふわりと舞った。


雪みたいに。


花びらみたいに。


ゆっくりと、世界を染める。


「……来るぞ!」


久我の声。


ハルは袖で口元を覆う。


甘い。


匂いが、甘すぎる。


肺の奥が、じわじわ焼けるみたいだ。


「吸うな!」


「精神に来る!」


統の声が、頭の奥で警告する。


魅魅はくすくす笑っていた。


「大丈夫だよぉ」


「ちょっと好きになるだけ」


「ちょっと、依存するだけ」


「ちょっと、守りたくなるだけ」


「ね? 簡単でしょ?」


その時だった。


「……ハル」


低い声。


振り返る。


火憐。


いつの間にか、

一番粒子の濃い場所に立っている。


「火憐!?なんでここに!」


ハルが叫ぶ。


返事が、ない。


彼女は、ただ魅魅を見ていた。


じっと。


吸い込まれるみたいに。


「……かわいい」


ぽつり。


「え?」


久我が目を細める。


「……なに?」


火憐の瞳が、熱を帯びる。


「この子……」


一歩、前に出る。


「守らなきゃ」


空気が、歪んだ。


次の瞬間。


ぼっ、と。


火憐の足元から炎が噴き上がる。


赤じゃない。


橙でもない。


もっと暗い。


どろりとした。


「……マグマ?」


ハルが呟く。


炎が、液体みたいに地面を這う。


粘ついて、

溶かしながら進む。


アスファルトが、じゅ、と音を立てて沈む。


「は……?」


久我が小さく息を吐く。


「なんだそれ」


「炎じゃねぇ」


「溶岩だろ……」


火憐の呼吸が荒い。


でも顔は。


どこか、幸せそうだった。


「……この子」


魅魅の前に立つ。


庇うように。


「触んな」


低い声。


今まで聞いたことがないトーン。


「この子に、触んな」


魅魅が目を丸くする。


「……あれ?」


「なにそれ」


「私、なんもしてないけど」


楽しそうに笑う。


「勝手に好きになっただけだよ?」


「ねぇ?」


火憐が、ぎゅっと拳を握る。


どろり、と炎が腕に纏わりつく。


身体能力が、明らかに上がっている。


魔力が暴走している。


「……久我さん」


ハルが呟く。


「止めろ」


久我は短く返す。


「任せろ」


次の瞬間。


火憐が地面を蹴った。


速い。


さっきまでと別人。


溶岩を引きずりながら突っ込んでくる。


「邪魔すんなぁッ!!」


拳が振り下ろされる。


久我が横に流す。


だが。


じゅっ、と煙。


腕が焼ける。


「……ちっ」


「熱量がおかしい」


蹴り。


受け止める。


衝撃が重い。


「身体強化まで乗ってやがる……!」


火憐が笑う。


「どいて」


「この子、怖がってる」


「守るから」


「邪魔しないで」


久我が舌打ち。


「……重症だな、こりゃ」


「完全に“依存型”だ」


魅魅は後ろで、くすくす笑っている。


「かわいー」


「好き好きモードだ」


「私のこと、好きなんだって」


「いいでしょ?」


ハルは、魅魅を見る。


「……止めろ」


「んー?」


「お前がやってんだろ」


「違うってば」


魅魅は首を傾げる。


「私はきっかけだけ」


「歪めたのは、あの子の感情」


「もともと持ってた“守りたい”が、ちょっと強くなっただけ」


「それだけ」


ぞっとする。


つまり。


洗脳じゃない。


増幅。


「……最低だな」


ハルが吐き捨てる。


「最高だよ?」


魅魅は笑う。


「だってそれが愛じゃん」


その言葉に。


なぜか、少しだけ真実味があった。


背後で。


ドン、と衝撃音。


久我が火憐を地面に押さえつけている。


「……寝てろ!」


首元を軽く叩く。


意識が落ちる。


溶岩が、じわじわ消えていく。


静寂。


ハルは魅魅を見る。


魅魅は、にこにこしている。


敵意がない。


悪意もない。


ただ。


「愛してるだけ」


そんな顔だった。


「……なぁ」


ハルが言う。


「お前」


「話、できるか」


魅魅が目を細める。


嬉しそうに。


「うん」


「最初からそのつもり」


「だってさ」


にこ。


「君、私のこと」


「殺さない顔してるもん」


黒粒子が、ゆっくり舞う。


戦闘は終わった。


でも。


ここからが本番だった。


——色欲の王との、対話。


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