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パレット  作者: 青原朔
43/63

ep11.その色は毒

数日後 ― 異常発生


数日が過ぎた。


何事もなかったみたいに。


喫茶アオハラは通常営業に戻り、

コーヒーの匂いと、

くだらない会話と、

学校帰りの足音が、

また日常を作り始めていた。


鷹見はまだ店の奥で寝ている。


包帯だらけのまま、

たまに文句だけ言って、

また眠る。


「ゾンビみたいですね」


「本人に言ってみろ、葵」


「それは無理」


そんな軽口が飛ぶくらいには、

空気は戻っていた。


――戻った、はずだった。


そのニュースを見るまでは。


「……なにこれ」


火憐がスマホを覗き込む。


地方ニュース。


小さな記事。


『○○市にて集団失踪』

『住民十数名が同時に意識障害』

『原因不明、感染症の可能性』


「感染症……?」


葵が眉をひそめる。


「でもさ」


ハルが画面を奪う。


写真。


ぼやけた現場。


担架で運ばれる人影。


その肌が――


「……黒くないか?」


不自然に。


血管みたいに。


黒い筋が、皮膚に浮いている。


まるで。


黒に侵食されてるみたいに。


久我が低く言う。


「黒絡みだな」


「でも黒の出現報告は?」


「ゼロだ」


矛盾。


黒がいないのに、

人だけが壊れてる。


「能力者暴走……?」


「いや、違う気がする」


ハルの胸がざわつく。


嫌な予感。


あの夜とは別種の。


もっと、

ねっとりした気配。


「……行こう」


久我が立つ。


「現場見るぞ」



現地


街は普通だった。


人も歩いてる。


車も走ってる。


なのに。


空気が、重い。


「……臭い」


葵が呟く。


「鉄みたいな……」


血じゃない。


黒の臭いだ。


でも姿はない。


「黒がいないのに、黒の臭いだけする……?」


火憐が小声で言う。


気持ち悪い。


目に見えない。


触れられない。


なのに確実に“いる”。


それが一番怖い。


路地裏。


倒れている男。


まだ息はある。


だが。


皮膚の下を、

黒い粒みたいなものが流れている。


「……なんだこれ」


ハルが膝をつく。


触れた瞬間。


ぞわ、とした。


冷たい。


生き物みたいに、蠢いている。


「黒……?」


「いや……違う……」


言葉が出ない。


理解できない。


黒でもない。


能力でもない。


未知。


「……分からん」


久我が舌打ちする。


「なんだこれは」


全員が黙る。


誰も答えを持っていない。


そのとき。


――不意に。


ハルの視界が、ぶれた。


「……っ」


頭が、軋む。


奥から。


冷たい何かが、せり上がってくる。


「ハル?」


葵の声が遠い。


口が。


勝手に開いた。


自分の意思じゃない。


喉が、勝手に震える。


「――なるほど」


声。


自分の声なのに。


温度が、違う。


低い。


冷たい。


感情が、ゼロ。


全員が凍りつく。


ハル自身も、止められない。


「貴様らは王を探しているのか」


「……は?」


久我が眉を寄せる。


「コレは黒粒子だ」


ハルの口が、淡々と喋る。


まるで講義みたいに。


「効率的に人間を黒へ染める手法」


「感染型」


「拡散型」


「選別不要」


「……賢いな」


背筋が凍る。


その「賢い」が、

本気の称賛に聞こえた。


「人を一人ずつ喰らうより早い」


「都市単位で染められる」


「実に合理的だ」


葵が震えた声で言う。


「……ハル、やめて」


「それ、ハルじゃない……」


ゆっくりと。


ハルの首が動く。


ぎこちなく。


操り人形みたいに。


口角だけが上がる。


あの夜見た笑み。


「私は統」


「傲慢の王だ」


静かに、言い放つ。


空気が凍る。


「そしてこれは」


倒れている人間を見る。


ゴミを見るみたいな目で。


「色欲の王の仕事だな」


「精神汚染型」


「依存・侵食・増殖」


「……ああ」


わずかに、楽しそうに。


「面倒な女だ」


その瞬間。


ハルの視界が戻る。


「――っ、はぁ……!」


崩れる。


膝をつく。


「……な、に……今……」


汗が止まらない。


息が荒い。


「勝手に……喋った……」


久我が低く言う。


「……統か」


葵が唇を噛む。


「王……二人目……」


空が、やけに暗い。


昼なのに。


世界が、また一段階、


深いところに落ちた気がした。


夜は、やけに静かだった。


風もないのに、街路樹の葉が擦れる。


しゃら、しゃら、と。


誰かが、服の裾を引きずって歩くみたいな音。


「……なぁ」


ハルが足を止めた。


「気づいてるか」


「……うん」


葵も、小さく頷く。


火憐は言葉を出さない。


ただ、箒を握る手に力が入っている。


違和感は、ずっと前からあった。


黒の気配とも違う。


敵意でもない。


殺気でもない。


もっと気持ち悪い。


例えるなら――


湿気。


空気が、まとわりつく。


呼吸するたびに、

肺の奥がじっとり濡れていくみたいな感覚。


「……人、減ってない?」


火憐が呟く。


確かに。


さっきまで人通りがあった商店街が、

妙に空いている。


逃げたわけじゃない。


悲鳴もない。


争った形跡もない。


なのに。


「いない」。


まるで最初から存在しなかったみたいに。


「……黒か?」


ハルが影に手を伸ばす。


ダイブの準備。


そのとき。


葵が、小さく首を振った。


「違う」


声が、やけに冷静だった。


「黒じゃない」


「もっと……やな感じ」


ぞわり、と背中が粟立つ。


零が沈黙している。


それが一番怖い。


いつもなら、

「来るよ」とか「殺す?」とか、

何か言うはずなのに。


――何も言わない。


それはつまり。


零ですら、様子を見ている相手。


その時だった。


「……あ」


火憐が、指をさす。


路地の奥。


街灯の下。


誰か、いる。


小柄な影。


女の子、か?


俯いて、じっと立っている。


逃げもしない。


隠れもしない。


ただ、そこにいる。


「……一般人?」


「いや……」


ハルは首を振る。


違う。


違和感の“中心”が、

あそこにある。


ゆっくり、近づく。


足音がやけに響く。


コツ、コツ、コツ。


距離、十メートル。


影が、動く。


五メートル。


街灯の光が、顔を照らす。


――ツインテール。


黒とピンクのリボン。


フリルだらけの服。


やたらと可愛い。


やたらと、作られた「女の子」。


なのに。


喉が、締まる。


本能が、後退れと言っている。


「……あれ?」


少女が顔を上げる。


ぱち、と目が合う。


にこ。


笑った。


その笑顔が。


信じられないくらい、優しかった。


「迷子?」


甘い声。


鈴みたいに軽い。


「夜、危ないよ?」


距離、一歩。


近い。


近すぎる。


気づいたら。


もう、手が届く位置にいた。


(速……っ)


誰も動きを見ていない。


歩いた様子もない。


ただ。


“もうそこにいる”。


「怪我してない?」


少女が、葵の手に触れる。


ひやり。


氷じゃない。


なのに冷たい。


「……っ」


葵の呼吸が、一瞬止まる。


その瞬間。


頭の奥に、何かが流れ込んだ。


甘い匂い。


懐かしい温度。


誰かに抱きしめられてる感覚。


「大丈夫だよ」


「私がいるから」


「寂しくないよ」


脳が、勝手に安心しようとする。


まずい。


これ――


気持ちいい。


「……離れろ!」


ハルが腕を引く。


少女は抵抗しない。


ただ、首を傾げる。


「えー?」


拗ねた声。


「なんで?」


「私、なにもしてないのに」


本当に、心底、不思議そうに。


「優しくしただけだよ?」


笑う。


ふわ、と。


「……あ」


その瞬間。


ハルは気づく。


周囲の路地。


ビルの影。


電柱の下。


気づかなかっただけで。


何人もいる。


何十人も。


同じ目をした人間が。


ぼうっと立っている。


全員。


同じ表情。


同じ微笑み。


同じ方向を見ている。


――少女を。


「……依存」


久我が低く呟く。


「洗脳じゃねぇ」


「もっとタチが悪い」


少女は、くすっと笑う。


「ひどいなぁ」


「ちゃんと好きにさせてるだけなのに」


そして。


名乗るみたいに。


甘ったるい声で言った。


「はじめまして」


「色欲の王」


魅魅みみだよ?」


にこ。


「ねぇ」


一歩、また近づく。


「あなたたちも、私のこと」


「好きになって?」


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