ep10.第二の人格
朝の光は、やさしすぎた。
何もなかったみたいに、
街を均等に照らしている。
昨日あれだけ壊れたのに。
誰かが死にかけたのに。
世界は、平然と朝を持ってくる。
「……開けるぞ」
須川が短く言った。
喫茶アオハラの扉が、ぎぃ、と軋む。
聞き慣れた音。
それだけで、
胸の奥が少しだけ緩んだ。
コーヒーの匂いが残っている。
昨夜のままの空気。
テーブルも椅子も、
全部いつも通り。
「……はは」
ハルは小さく笑った。
「なんだよ……」
「普通すぎだろ……」
あんな夜のあとで、
こんな“日常”が待ってるなんて。
反則だ。
須川と二人で、
鷹見をカウンター横の長椅子に寝かせる。
どさり、と重い音。
「……っ」
葵が息を呑んだ。
「ひど……」
包帯。
血。
固定具。
全身、白と赤だらけ。
人一人が、
ここまで壊れてまだ生きているのが不思議なレベル。
「生きてるんですよね……?」
火憐の声が、少し震える。
須川が頷く。
「ああ」
「死ぬ寸前だがな」
軽く言うなよ、と思う。
でも、
それが一番正確な表現だった。
鷹見の胸が、かすかに上下している。
それだけが、
「生存」の証明。
葵が、そっと近づく。
「……ごめんなさい」
ぽつりと落ちる声。
誰に向けた謝罪か分からない。
自分か、
零か、
みんなか。
たぶん全部だ。
「なんで謝んだよ」
ハルが言う。
「この人が勝手に無茶しただけだろ」
「でも……」
「でもじゃねぇ」
強く言いすぎた。
自分でも分かる。
イラついてる。
怖いんだ。
失うのが。
「……」
沈黙。
店の時計の音だけが響く。
カチ、カチ、カチ。
やけに大きい。
須川が壁にもたれ、
静かに煙草を咥える。
火はつけない。
ただ、咥えているだけ。
癖なんだろう。
「……正義ってのは」
ぽつりと言う。
「割に合わんな」
誰も返さない。
返せない。
昨日、
鷹見は正しいことをした。
仲間を守った。
黒を止めた。
王を止めた。
なのに。
この有様だ。
「……これで」
ハルが呟く。
「“正解”だったって言えるのかな」
答えは出ない。
静かな朝が、残酷に流れる。
そのとき。
「……うるせぇな」
かすれた声。
全員が振り向く。
鷹見だった。
薄く目を開けている。
「……寝かせろ……ガキども……」
「鷹見さん!?」
葵が駆け寄る。
「動くなって!」
「動いてねぇよ……」
小さく笑う。
顔色は最悪なのに。
「……コーヒー……」
「は?」
「一杯……くれ……」
「今それ!?」
火憐が半泣きでツッコむ。
「医者行きですよ普通!」
「……ここが医者だろ……」
視線が、
カウンターに向く。
喫茶アオハラ。
この店。
この場所。
「……帰ってこれたんだから……」
小さく言う。
「十分だ……」
その一言で。
全員、言葉を失った。
ああ。
この人。
本当に。
守るために戦ってたんだなって。
理屈じゃなく、
腑に落ちた。
ハルは黙って、
豆を挽く。
ゴリ、ゴリ、と音が響く。
いつもの音。
昨日と同じ音。
でも。
少しだけ、重い。
お湯を落とす。
香りが広がる。
苦い匂い。
この物語みたいな匂い。
カップを差し出す。
鷹見は、
震える手で受け取った。
一口。
ゆっくり飲む。
「……っにが……」
顔をしかめる。
でも。
「……うめぇな」
小さく笑った。
その瞬間。
店の空気が、少しだけ緩んだ。
生きてる。
まだ全員いる。
それだけで、十分だった。
――ただ一人。
ハルの胸の奥だけが、
静かに冷えていた。
『損失が多い』
頭の奥。
冷たい声。
統の声。
『切り捨てれば済んだ』
「……うるせぇ」
小さく吐き捨てる。
でも。
その声は消えない。
ずっと残っている。
理性みたいに。
ブレーキを壊す、冷たい参謀みたいに。
朝日は優しい。
喫茶店は温かい。
仲間もいる。
それなのに。
ハルの影だけが、
昨日より少しだけ濃くなっていた。
――嵐の前の、静かな朝だった。
読んでいただきありがとうございます。
傲慢の王編終了です。
統は自分の中でも苦手なタイプの性格をしてます。
最も近く、最も偉大な人物の名前を当て字で表現しました。
【さん】をつければ…分かりますね…。
こう言った形で自分の人生に何かしら影響を与えた人達を物語へ登場させてます。
特に王はその者です。
僕の周りにどんな人が居るか、想像して読んでもらうのも楽しいかもです。




