表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パレット  作者: 青原朔
41/59

ep9.王の在り方

統は、地面に倒れたまま動かなかった。


砕けたアスファルトに血が広がっている。


須川の弾痕。

鷹見の能力で裂けた傷。

黒に抉られた肉。


人間なら、とっくに失神している損傷量だった。


それでも。


男は、ゆっくりと笑った。


「……なるほど」


喉の奥で、血が鳴る。


ごぽ、と赤い泡がこぼれる。


「これが……人間の“情”か」


月明かりに濡れた口元が、歪む。


「非合理」

「非効率」

「非生産的」


淡々と、事実を並べるみたいに。


「……愚かだ」


一拍。


その目が、わずかに細くなる。


「だが」


ほんのわずかに。


ほんの、わずかだけ。


「嫌いではない」


ハルの足が止まった。


その言葉は、嘲笑でも侮辱でもなかった。


ただの感想だった。


本気の。


王の視点から見た、純粋な評価。


ハルは拳を握る。


黒が、腕に集まる。


影が粘つくように蠢く。


「……終わりだ」


低く、言い放つ。


統は、鼻で笑った。


「終わり?」


首だけでこちらを見る。


王の目。


最後まで、見下している目。


「違うな、神木ハル」


夜風が止まる。


「ここからが始まりだ」


血に濡れた指が、地面を掴む。


立ち上がれないのに。


まだ、立とうとしている。


「殺せ」


静かな声。


命乞いでもなく、

諦めでもなく。


ただの命令。


「出来るならな」


挑発でもない。


恐怖が一滴もない。


誇りだけがあった。


最後まで。


王として。


ハルは踏み出した。


影が、統の身体に絡みつく。


黒が侵食する。


皮膚が溶け、

形が崩れ、

飲み込まれていく。


普通の黒なら、

悲鳴を上げて消える。


でも統は叫ばない。


「……フ」


笑っていた。


溶けながら。


消えながら。


笑っていた。


その瞬間。


頭の奥に、氷みたいな声が落ちた。


『勘違いするな』


心臓が止まりかける。


『私を従えたつもりか?』


冷たい。


零とも違う。


もっと乾いた声。


『逆だ』


影が、内側から蠢く。


『私がお前を使う』


脳の奥に、別の思考が入り込む。


合理。

計算。

損切り。

最適化。


感情を切り捨てる判断回路。


『傲慢を背負え、神木ハル』


『弱さを捨てろ』


『必要ない感情は、殺せ』


『判断は私が下す』


頭痛が走る。


割れる。


脳が二つに分かれる感覚。


それでも。


統の声は、最後まで揺れなかった。


『私を扱えると思うなよ』


一拍。


そして。


愉快そうに。


『……逆に、使ってやろう』


どくん。


心臓が重く打つ。


黒が、静かに沈んだ。


統の姿は、もうない。


夜風だけが残る。


鷹見が、息を吐いた。


須川が銃を下ろす。


「……終わった、のか」


ハルは答えられない。


足元を見る。


自分の影。


そこに。


自分じゃない“誰か”が、


腕を組んで立っている気がした。


夜は、もう静かだった。


さっきまで瓦礫が崩れ、

銃声と怒号が飛び交っていた場所とは思えないほど、

世界は急に音を失っている。


焦げた匂いだけが残っていた。


「……鷹見さん!」


ハルの声が、やけに響く。


地面に横たわる鷹見は、

もう動いていなかった。


血が、広がっている。


黒じゃない。

人間の、赤。


それがやけに生々しい。


「おい……おい起きろよ……」


肩を揺する。


反応がない。


胸が、かすかに上下しているだけ。


「……生きてはいる」


須川が低く言う。


「だが……これは……」


言葉が途切れる。


言葉にしたくない状態。


鷹見の体は、まともじゃなかった。


右腕は折れ、

肋骨は沈み、

皮膚の下で何かが崩れているのが分かる。


統の攻撃。


あれは「斬撃」じゃない。


存在そのものを押し潰す力 だった。


人体が耐えられる種類の損傷じゃない。


「……内臓、やられてる」


須川が目を逸らす。


「普通なら即死だ」


その言葉が、

ハルの胸に重く落ちる。


「普通じゃねぇだろ……この人」


歯を食いしばる。


「死なせねぇ」


「……おい」


須川が止めようとする。


でも。


もうハルは聞いていなかった。


「鷹見さん」


膝をつく。


「ノート、出せ」


かすれた声。


一瞬。


反応がない。


でも。


指先が、微かに動いた。


血だらけの手が、

胸ポケットを探る。


黒い手帳。


メディカルノート。


震える手で、ハルが受け取る。


「……どうすればいい」


「開け……」


ほとんど息みたいな声。


ページを開く。


血が滲む。


「……書け……」


「俺が……引き受ける……」


「は……?」


意味が分からない。


「損傷……移す……」


やっと理解する。


バフ。


味方の損傷を、自分に移す。


つまり。


「……ふざけんな」


思わず怒鳴る。


「これ以上壊れてどうすんだよ!」


鷹見は、うっすら笑った。


血の混じった息で。


「……子供に……死なれる方が……ムカつく……だろ」


それだけ言って、

視線が落ちる。


もう喋れない。


意識が持たない。


「……っ、クソ……!」


ハルは歯を食いしばり、

ノートに書き込む。


震える字。


【損傷転移】


次の瞬間。


ぐしゃ、と嫌な音。


鷹見の胸の凹みが、ゆっくり戻る。


代わりに。


鷹見の体が、びくんと跳ねた。


「がっ……!」


口から血を吐く。


体のあちこちが、同時に軋む。


自分の体に、

傷を「移植」している。


延命でしかない。


治療じゃない。


ただ。


死なない位置に、傷を並べ替えているだけ。


「……これで……いい」


鷹見の呼吸が、少しだけ安定する。


それでも。


全身包帯コース確定。


まともに歩ける状態じゃない。


「……馬鹿だろ」


ハルが呟く。


「ほんと……大人って……」


須川が静かに言う。


「違う」


「これはただの馬鹿じゃない」


担ぎ上げる。


「責任を取る大人だ」


その言葉が、

胸に刺さる。


重い。


あまりにも重い。


自分たちは、

まだ守られる側なんだと突きつけられる。


「……帰るぞ」


須川が言う。


「これ以上ここにいる理由はない」


ハルは、鷹見の腕を肩に回す。


ずっしり重い。


人間の重さ。


生きてる重さ。


「……死ぬなよ」


小さく呟く。


「勝手にいなくなんな」


夜風が吹く。


瓦礫の隙間を抜けて、

冷たい空気が通る。


遠くで、救急サイレンが遅れて鳴った。


戦いは終わった。


でも。


代償は、ちゃんと残った。


統を倒した夜は。


誰一人、無傷では帰れなかった。


そして――


ハルの胸の奥で。


静かな声がした。


『必要ない損失だ』


統の声。


冷たい。


感情のない判断。


『守れないなら切り捨てろ』


「……うるせぇ」


思わず呟く。


でも。


その声は、消えない。


頭の奥に、

静かに、居座ったままだった。


夜は、まだ終わらない。


これは勝利じゃない。


ただの、通過点だ。


次の地獄までの、静かな夜だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ