ep6.バフとデバフ
銃声が、夜を裂いた。
乾いた破裂音。
須川の初弾。
統の額――眉間ど真ん中。
完璧な射線。
外す理由がない一発。
だが。
キィン、と金属を弾いたような音。
弾丸が、空中で止まった。
統の額の数センチ手前。
見えない壁にぶつかったみたいに。
「……は?」
須川の喉が鳴る。
弾丸が、ゆっくりと地面に落ちた。
ころ、と転がる。
統は、瞬きすらしない。
「愚かだな」
静かな声。
「同僚に銃を向けるとは」
「もう同僚じゃねぇよ」
須川は即座に二発目。
三発。
四発。
全弾、同じ。
届かない。
「距離、意味なし……!」
「物理無効かよ……!」
舌打ち。
次の瞬間。
統の足元から、黒い影が広がった。
液体みたいに。
地面を侵食する。
「下がれ!!」
鷹見が叫ぶ。
影が触れたアスファルトが、音もなく砕ける。
踏んでいたコンクリが、砂みたいに崩壊した。
「触れたら終わりだ!」
「分かってる!」
ハルが飛び退く。
その目。
もう、赤い。
黒が滲み始めている。
統は、三人を見下ろした。
ただ、見下ろした。
それだけで。
「……弱い」
言葉が落ちる。
「未熟」
「未管理」
「未完成」
「失敗作だな、全員」
その瞬間。
ハルの中で、何かが切れた。
「……っ、ふざけんな」
足元の影が膨れ上がる。
黒が、腕に絡みつく。
皮膚の下を這う。
「お前が……!」
地面を蹴る。
ダイブ。
影の中へ潜る。
統の背後へ。
斬撃。
黒を纏った拳。
直撃コース。
だが。
統は振り返りもしない。
片手を軽く上げる。
バキン。
見えない何かに弾かれた。
ハルの身体が、逆に吹き飛ぶ。
「がっ……!」
空中で叩き落とされる。
「ハル!」
鷹見が駆ける。
その瞬間。
鷹見の脚が、不自然に折れた。
メキ。
嫌な音。
「っ……!」
「は?」
誰も触れていない。
統が、ただ指を動かしただけ。
「損傷の転写だ」
統が淡々と説明する。
「君の身体構造は把握済み」
「破壊効率がいい部位を選んだ」
鷹見の視界が白くなる。
だが。
倒れない。
ポケットからノートを引き抜く。
血で濡れた指で、ページをめくる。
自分の脚に触れる。
「……バフ」
ぐちゃ、と。
肉が蠢く。
折れた骨が、強引に繋がる。
「自己修復……?」
統の目が、わずかに細まる。
「面白い能力だ」
鷹見が立ち上がる。
歯を食いしばる。
「てめぇみたいなのが……」
声が震える。
怒りで。
「人間を資産扱いしてんじゃねぇよ……!」
ノートを握りしめる。
今度は、自分の腕を思いきり地面に叩きつけた。
ゴキッ。
明らかにおかしい方向に曲がる。
同時に。
統の右腕が、同じ角度で歪んだ。
「……?」
統の眉が初めて動く。
「デバフ……」
「痛みの転写だ」
鷹見が吐き捨てる。
「てめぇも“人間の痛み”味わえや」
須川が笑う。
「最高かよ、あんた」
その瞬間。
三人の視線が、同時に合う。
言葉はいらない。
もう味方だ。
「須川、牽制!」
「任せろ!」
「ハル、突っ込め!」
「……ああ!」
銃声。
影。
血。
三方向から同時攻撃。
初めて。
統が、一歩、下がった。
ほんの一歩。
だが確実に。
「……なるほど」
統の口元が、わずかに歪む。
「協力か」
黒粒子が、溢れ出す。
濃度が変わる。
空気が重くなる。
「では」
瞳の奥が、完全に黒に染まった。
「王として」
「排除しよう」
ドン、と。
重力が落ちたみたいに。
三人の膝が沈む。
立っているだけで精一杯。
格が違う。
圧が違う。
「あぁ……」
ハルの口から、笑いが漏れる。
「……最高じゃん」
黒が、さらに濃くなる。
「やっと」
「倒す価値ある敵だ」
統が言う。
「危険度、上方修正」
「S相当」
「ここで処分する」
黒が爆ぜる。
夜が、完全に塗り潰された。
――傲慢の王、顕現。
戦いは、ここからが本番だった。




