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パレット  作者: 青原朔
37/44

ep5.共闘戦開幕

夜風が冷たい。


煙の匂い。

焦げたアスファルト。

遠くで運ばれていく担架。


須川健は、スコープ越しにそれを見ていた。


黒因子を埋め込まれた能力者。


拘束される腕。

泣き叫ぶ声。


敵でも、黒でもない。


ただの人間。


「……ちっ」


舌打ちが漏れる。


撃てない。


この状況で「正解の一発」なんて存在しない。


心臓を撃てば死ぬ。

足を撃てば助かる。


だからいつも、

壊すのは武器だけだった。


殺さないために撃つ。


それが自分のやり方だった。


「須川」


背後から声。


振り向かなくても分かる。


統だ。


「状況は」


「……制圧完了」


短く答える。


「黒因子持ち、六名拘束」


「三名重傷」


「一名……死亡」


一瞬の沈黙。


須川は、少しだけ目を伏せた。


だが。


返ってきた言葉は。


「少ないな」


須川の思考が止まる。


「……は?」


「もっと回収できたはずだ」


統は淡々と言う。


「因子保有個体は貴重な資産だ」


「死亡は損失になる」


「無力化で止めろと伝えたはずだが?」


頭が真っ白になる。


「……資産?」


統は当たり前みたいに頷く。


「黒因子は研究価値が高い」


「宿主もサンプルだ」


「使えるものは使う」


「それが合理的だろう」


須川の手が、ゆっくりと震えた。


スコープ越しに見た顔が浮かぶ。


助けを求めてたガキ。

血まみれで泣いてた女。


あれが?


資産?


「……人間ですよ」


思わず口から出る。


「は?」


「人間だって言ってんです」


統は、心底不思議そうに首を傾げた。


「だから?」


「……」


「感情に価値はない」


「結果だけが価値だ」


「君は優秀な駒だ、須川」


「余計な思考は不要だ」


その言葉。


その瞬間。


胸の奥で、何かが音を立てて壊れた。


駒。


ああ、そうか。


俺は。


こいつにとって。


ただの道具。


「……」


ゆっくりと、銃を構える。


統へ。


真っ直ぐ。


「……須川?」


統の声。


ほんの少しだけ、初めて揺れた。


「どういうつもりだ」


「仕事ですよ」


須川は静かに言う。


「見たまま判断して」


トリガーに指をかける。


「正しい方を撃つ」


統の目が、初めて細くなった。


敵を見る目。


その瞬間。


須川は、はっきり理解した。


ああ。


こいつは。


人間じゃない。


黒だ。


形をしただけの、怪物だ。


「……悪いな」


小さく呟く。


「俺、あんたの正義は嫌いだ」


銃口が、完全に統を捉える。


その時――


背後で、ハルの声。


「須川……?」


鷹見が息を飲む。


須川は振り返らない。


ただ、言う。


「悪いけど」


「今日から、そっち側でいいか?」


次の瞬間。


統の影が、膨れ上がった。


黒粒子が溢れ出す。


空気が重くなる。


そして――


夜の交差点。


救急車のサイレンが遠ざかっていく。


アスファルトには、まだ血が残っていた。


黒因子を埋め込まれた能力者たちは、

拘束され、眠らされ、運ばれていった。


助かった者。

助からなかった者。


その差は、ほんの数分。


「……くそ」


ハルが、歯を噛み締める。


「人間に黒を埋め込むとか……ふざけんなよ……」


拳が震えている。


怒りだ。


純粋な。


まっすぐな怒り。


「落ち着け」


須川が低く言う。


ライフルを肩に担ぎながら、周囲を警戒している。


「まだ終わってない」


「……ああ」


鷹見は短く答えた。


胸が痛む。


さっき移植した損傷のせいだ。


呼吸のたびに肺が焼ける。


それでも、立っている。


立たなきゃいけない。


その時だった。


カツ。


革靴の音。


やけに乾いた足音が、夜に響く。


三人同時に振り向く。


街灯の下。


白い光の中心に――


一人の男。


スーツ。


ネクタイ。


乱れのない髪。


戦場に来る格好じゃない。


会議室からそのまま出てきたみたいな、完璧な身なり。


「……」


須川が小さく息を止める。


直感だった。


「……こいつ、か」


鷹見が呟く。


統。


対黒局役員。


そして。


傲慢の王。


男は、ゆっくり歩いてくる。


血も、瓦礫も、死体も。


何一つ見ていないみたいに。


「ご苦労」


第一声が、それだった。


感情ゼロ。


労いでも皮肉でもない。


ただの事務連絡みたいな声音。


「被害状況は?」


誰にともなく聞く。


須川の眉がひくりと動く。


「……てめぇ」


「人が死んでんだぞ」


統は首を傾げた。


本気で意味が分からないみたいに。


「それが?」


空気が、凍った。


「任務中の損耗は想定内だ」


「数字で言えば許容範囲」


「問題は因子の回収率だ」


「サンプルは何体確保できた?」


ハルの中で、何かが切れる音がした。


「……お前」


一歩、前に出る。


「人間のこと、なんだと思ってんだよ」


統は、初めてハルを見る。


値踏み。


それ以外の何物でもない視線。


「未所属能力者、神木ハル」


「危険度B」


「管理外資産」


淡々。


感情ゼロ。


「捕獲対象だ」


次の瞬間。


空気が、歪んだ。


統の影が、膨らむ。


足元から、黒い粒子が立ち上る。


王冠みたいな輪郭。


「……っ」


須川が反射的に銃を構える。


「これが……黒……?」


「違う」


鷹見が低く言う。


「これは――」


ギリ、と歯を噛む。


「こいつ自身だ」


黒が「宿っている」んじゃない。


黒そのものが「人の形をしている」。


存在の質が違う。


本能が警告している。


ヤバい、と。


「……鷹見朗」


統が視線を移す。


「元職員」


「離職後も非協力的」


「理解できないな」


「なぜ組織を離れた?」


鷹見は、静かに答える。


「お前みたいなのがいるからだよ」


統は、ほんの少しだけ瞬きをした。


「感情論か」


「非合理だ」


「だから人間は失敗する」


その言葉。


その声音。


その「正しさ」。


全部が。


――ムカつく。


鷹見の胸の奥で、憎悪が静かに燃える。


「……失敗でいい」


一歩、出る。


「人間だからな」


メディカルノートが、じわりと発動する。


皮膚に、文字みたいな光が走る。


須川が小声で言う。


「……やる気か」


「最初からそのつもりだ」


鷹見は答える。


「こいつだけは、ここで止める」


ハルも並ぶ。


黒が、足元に集まり始める。


影が濃くなる。


呼吸が荒い。


「……もっと」


小さく呟く。


「もっと力があれば……」


須川が、銃を構え直す。


「三対一か」


「悪くねぇ」


統は、三人を見る。


そして。


ほんの僅か。


微笑んだ。


「非効率だが」


「実地テストには丁度いい」


手を上げる。


黒粒子が、空中に展開する。


「――排除する」


その瞬間。


鷹見が叫んだ。


「神木、須川!!」


「殺すな!!」


「止めるだけでいい!!」


「こいつは――俺がやる!!」


統の目が、わずかに細くなる。


「傲慢に歯向かうか」


静かに、告げる。


「愚かだな」


次の瞬間。


地面が爆ぜた。


戦闘が、始まった。

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