表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パレット  作者: 青原朔
34/36

ep2.王様巡り

朝の喫茶アオハラは、コーヒーの匂いで目が覚める。


カリカリ、と豆を挽く音。

湯が沸く小さな唸り。

窓から差し込む白い光。


昨日の夜祭が嘘みたいに、街は静かだった。


騒ぎすぎた翌日の、少しだけ世界が軽くなる朝。


「だからっ、ゆっくり落とすんだってば!」


「やってるやってる! ……あっ、あぁぁぁぁ溢れる溢れる!!」


「ほら言ったじゃん!」


カウンターの向こうで、火憐がドリッパーと格闘している。


フィルターが膨らみすぎて、コーヒーが決壊寸前だ。


ハルは椅子にだらしなく腰掛けながら、ため息を吐いた。


「朝からうるせぇ……」


「手伝いなさいよ!」


「やだ」


「即答!?」


いつも通りだ。


本当に、いつも通り。


黒だの対黒局だの夜祭だの、

そんな言葉が遠い世界の出来事みたいに思えるくらい、どうでもいい朝。


そのテーブルの端で。


カチャ、カチャ、と乾いた金属音が鳴る。


美波だった。


新聞紙を丁寧に敷いて、

その上に分解した銃の部品を整然と並べている。


スライド、スプリング、フレーム。


昨日、須川に撃ち抜かれたスコープの代替品を、無言で調整していた。


油の匂いが、ほんの少しだけコーヒーの香りに混ざる。


「……店でやるなよ、それ」


ハルが横目で言う。


「汚してない」


即答。


「新聞紙敷いてる」


「そういう問題じゃねぇ」


「コーヒーと火薬の匂い、意外と合うよ?」


「合わねぇよ」


ふっと、美波が笑った。


昨日まで“能力者狩り”だった少女が、

当たり前みたいに喫茶店のテーブルで銃を整備している。


なのに。


不思議と違和感がない。


もうずっと前からここに居たみたいに、自然だった。


久我は壁にもたれて缶コーヒーを飲んでいる。

鷹見は新聞を広げている。

葵はカップを磨きながら、どこか上の空。


そしてハルは、天井を見上げたまま、ぽつりと呟く。


「……でさ」


全員の視線が、なんとなく集まる。


「結局、俺ら何すんの」


沈黙。


誰もすぐに答えない。


「黒の王がどうとか」

「七つの大罪がどうとか」

「王に近づけ、とか」


頭を掻く。


「具体的に何すりゃいいんだよ」


その時だった。


カチャ。


葵の手が止まる。


空気が、わずかに変わる。


それと同時に――


ガチャッ。


美波が、反射的に銃を構えた。


完全な条件反射。


椅子を蹴って立ち上がり、銃口が一直線に葵へ向く。


「……っ」


一瞬、全員が固まる。


次の瞬間。


「あ」


美波が目を瞬かせた。


「……零さんか」


銃を下ろす。


葵の影が、ゆらりと揺れた。


「撃たないでよ朝から」


声色が違う。


柔らかいのに、芯が冷たい。


零。


「悪い。癖」


「ほんと物騒」


「そっちも十分物騒」


「それは否定しない」


どかっと椅子に座る零。


完全に馴染んでいる。


「……なんで仲良くなってんのあんたら」


火憐が呆れた顔をする。


美波は肩をすくめる。


「昨日、頭撫でられたから」


「は?」


「なんか……お姉ちゃんって感じ」


零が、ふっと笑う。


「懐かれてる……最悪……」


でも、その顔は少しだけ柔らかい。


ハルはそれを見て、ふっと息を吐いた。


敵じゃない。


少なくとも、もう“それだけ”の存在じゃない。


零はテーブルに肘をつき、面倒くさそうに言った。


「何の話してたの」


「黒の王」


ハルが答える。


「七つの大罪。そいつらに会いに行くって話」


「……あー」


興味なさそうに視線を逸らす。


そして、ぽつりと。


「嫉妬の王なら」


一拍。


「わたしだけど」


全員が止まった。


コーヒーの滴る音だけが、やけに大きく響く。


「……は?」


ハルが固まる。


零は、にやっと笑った。


「何その顔」


「一番近くにいるじゃん、王様」


軽い。


軽いのに。


背中に、冷たいものが走る。


王。


黒の頂点。


その片鱗が、すぐ目の前で笑っている。


喫茶店の朝の匂いの中に、

ほんの少しだけ、不穏な影が混ざった。


零はカップをくるくる回しながら言う。


「話くらいなら、してあげるよ」


「嫉妬のこと」


「王のこと」


「黒の世界のこと」


目だけが、細くなる。


「……ただし」


「覚悟して聞きなよ」


その瞬間。


店の空気が、ほんの少しだけ冷えた気がした。


零の「わたしだけど」が落ちてから、

数秒、店の中の音が消えた。


ポタ……ポタ……


ドリッパーから落ちるコーヒーの音だけがやけに響く。


「……王?」


火憐が素っ頓狂な声を出す。


「王って、あの王? ラスボス的な?」


「ラスボスってなにそれ失礼」


零が眉をひそめる。


「もうちょいこう……カリスマとか言いなよ」


「自分で言うな」


ハルが即ツッコミを入れる。


空気が、少しだけ戻った。


けど。


全員が分かってる。


軽口で流していい話じゃないって。


鷹見が新聞を畳み、テーブルに置いた。


「……整理しよう」


司令塔の声だった。


自然と、全員が席に着く。


久我は壁から離れ、椅子を引く。

美波は銃のパーツを手早く布で包み、腰にしまう。

火憐はコーヒーを人数分並べた。


いつの間にか、完全に「会議」の形になっている。


「七つの大罪の黒がいる」


鷹見が言う。


「それぞれが“王”。人型。各地に潜伏」


「統みたいに、組織に入り込んでる奴もいる」


「で、だ」


視線が零へ向く。


「嫉妬の王が、ここにいる」


零はコーヒーをすすりながら肩をすくめる。


「そういうこと」


「……自覚あるのかお前」


「あるよ。だって一番集まってくるもん」


「何が」


「嫉妬」


さらっと言う。


「同じ感情の黒は、近いところに寄ってくる」


「だから私の周り、嫉妬系ばっか」


「気持ち悪いよ、あれ」


「……」


笑えない情報だった。


ハルが肘をつき、頭を抱える。


「じゃあさ」


「結局、何すりゃいいんだよ」


「王を倒す? 話聞く? 取り込む?」


「順番も方法も、なんもわかんねぇ」


久我が鼻で笑う。


「簡単だろ」


「一番近いやつから当たれ」


顎で零を指す。


「情報屋が目の前にいるんだ。使わねぇ理由がねぇ」


「使うとか言うな」


零がムッとする。


「対等に取引って言って」


「はいはい取引」


「雑」


美波がぽつりと挟む。


「でも、合理的」


全員が美波を見る。


「黒の王の内部情報」


「普通なら命いくつあっても足りないやつ」


「それが味方側にいる」


「……チート」


「ゲーム脳やめろ」


火憐がツッコむ。


でも、誰も否定はしない。


その通りだから。


零は、カップを指で回しながら言った。


「勘違いしないでよ」


「私は取り込まれないからね」


視線がハルに向く。


「そっちの都合で消されたら最悪だから」


「……しねぇよ」


「ほんと?」


「葵ごと消えるだろそれ」


即答だった。


零が、一瞬だけ目を細める。


それから、ふっと笑った。


「……ま、そこは信用しとく」


小さな声で。


「今は、ね」


その「今は」が、少しだけ不穏だった。


鷹見が咳払いを一つ。


「方針を決める」


指を立てる。


「一つ。零から“王”に関する情報を聞く」


「二つ。他の王の潜伏先を洗う」


「三つ」


ハルを見る。


「神木」


「お前は“黒側”から探れ」


天音に言われた言葉と同じだった。


――黒の方から、探して。


胸の奥が、重くなる。


でも。


逃げる理由は、もうない。


ハルはゆっくり頷いた。


「……あぁ」


「やるよ」


零がにやっと笑う。


「いいね」


「やっと“こっち側”に足突っ込む気になった?」


「闇堕ち一歩目おめでと」


「縁起悪いこと言うな!」


火憐がツッコむ。


笑いが起きる。


ほんの少しだけ、いつもの空気。


でも。


その足元にはもう、


確実に“黒の世界”への入り口が口を開けていた。


零が最後に、ぽつりと呟く。


「……ま、最初の王が私でよかったね」


「他のやつら、もっと性格終わってるから」


その言葉だけが、


やけに現実味を帯びて、全員の胸に残った。


コーヒーは、もう冷めていた。


朝は、終わる。


ここから先は――


王たちの領域だ。


カップの底に残ったコーヒーを、零はくるくると回していた。


黒い液体が、ゆっくり渦を巻く。


まるで、小さな闇みたいに。


「で?」


零が顔を上げる。


「なにから聞きたいの」


「王のこと、でしょ?」


軽い口調。


なのに、言葉の重さだけが違った。


鷹見が腕を組む。


「全部だ」


「数、性質、行動原理、危険度」


「分かる範囲でいい」


「……仕事できる上司っぽ」


「元だからな」


短いやり取り。


それから、零は椅子の背もたれに体を預けた。


ギシ、と小さく音が鳴る。


「七つ」


指を一本立てる。


「嫉妬」


自分を指差す。


「これは私」


次。


「憤怒」


「怒りで動くタイプ。正義感強め。いちばん“人間っぽいバカ”」


「暴走しやすい。味方にすると便利、敵にすると最悪」


久我が小さく頷く。


「……いそうだな、そういうの」


「いるいる。ヒーロー気取り」


零は鼻で笑った。


三本目。


「傲慢」


空気が少しだけ冷えた。


「選民思想の塊」


「自分が上、人間は下、能力者は資産」


「……統みたいなやつ?」


ハルが言う。


零は即答した。


「うん。あれは典型」


「いちばん“王様ごっこ”が好きなタイプ」


「組織とか肩書きとか、そういう場所に寄生する」


鷹見の眉間に皺が寄る。


「……厄介だな」


「超厄介」


零はあっさり同意した。


四本目。


「強欲」


「集めるのが趣味」


「能力、黒因子、人、物、情報、なんでも」


「ネットワーク型」


「たぶん裏で一番でかい」


「……ボス格か?」


「黒幕ポジションだね」


五本目。


「色欲」


「依存型」


「人間の“好き”とか“愛してる”とかに取り憑く」


「共依存つくるのが上手い」


「気づいたら人生壊されてるやつ」


火憐がぞっとした顔をする。


「うわ……やだそれ」


「でしょ」


六本目。


「暴食」


少しだけ、声のトーンが落ちた。


「これだけは別」


「理性ゼロ」


「ただ食うだけ」


「能力者も黒も区別なし」


「遭遇=死亡事故」


全員が無言になる。


冗談じゃないのが、分かる。


そして。


最後の一本。


零は指を立てず、ただ笑った。


「怠惰」


「いちばん人間に近い」


「何もしない」


「諦めてる」


「だから――」


カップを置く。


コト、と音。


「たぶん、最後まで残る」


静寂。


店の時計の音だけが、やけに大きい。


カチ、カチ、と。


ハルが小さく息を吐いた。


「……で」


「俺たちは、そいつら全部と会うのか」


「うん」


零はあっさり言う。


「倒すか」


「利用するか」


「仲間にするか」


「取り込むか」


「選びながらね」


「ゲームみたいに言うなよ……」


「だってゲームみたいなもんじゃん」


零は肩をすくめる。


「王様巡り」


「七人コンプリート」


「はいラスボス戦」


「軽い……」


火憐が頭を抱える。


でも。


言ってる内容は、本質だった。


久我がハルを見る。


「つまりだ」


「黒はもう“敵”じゃねぇ」


「交渉相手だ」


「人間同士の抗争と変わらん」


「……闇社会だな」


「そう」


零がにやっと笑う。


「やっと理解した?」


「これからハルが入るのは、“そっち側”だよ」


視線が刺さる。


「人間の正義だけじゃ、生き残れない場所」


「嘘もつくし、利用もするし、見捨てもする」


「それでも前に進める?」


試すみたいな目。


挑発。


でもどこか、期待も混じってる。


ハルは、少しだけ黙って。


それから。


「……やるしかねぇだろ」


低く言った。


「探さなきゃいけねぇやつがいる」


「取り戻さなきゃいけねぇもんがある」


「だったら、どこにでも行く」


「黒の中だろうが、王のとこだろうが」


「関係ねぇ」


沈黙。


零が、ふっと笑う。


嬉しそうに。


「……そっか」


小さく。


「やっぱ好きだわ、あんた」


その瞬間。


カウンターの端で、美波がぼそっと言った。


「お姉ちゃん、銃構えたら怒るタイプ?」


全員が「は?」って顔になる。


美波は真顔。


「前、頭撫でられたから」


「たぶん敵じゃない」


零が一瞬きょとんとして。


それから、吹き出した。


「あー、あのスナイパーの子か」


「かわいいよね」


「撃つ前に悩むの」


「……見てたのかよ」


「全部見てるよ?」


さらっと恐ろしいことを言う。


「嫉妬だから」


最後に。


零は、指先でテーブルをとんと叩いた。


「ま、安心して」


「七人の王の中で」


にやっと笑う。


「たぶん、私が一番マシだから」


その言葉だけが。


やけに、不吉に聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ