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パレット  作者: 青原朔
28/34

-第28章- ホークアイ

人の波は、思った以上に厚かった。


提灯の下を、笑い声と足音が流れていく。

夜祭りは始まったばかりなのに、空気はすでに張りつめている。


ハルは久我の少し後ろを歩いていた。

互いの死角を補う距離。

戦うための間合いではなく、探すための距離だ。


「……黒、多いな」


ハルが低く言う。


明確な姿は見えない。

それでも、夜の奥で何かが蠢いている気配だけが増えていた。


「想定内だ」


久我は歩調を変えずに答える。


「夜祭りは“安全な夜”を演出する場だ。

 それを壊しに来る連中は、必ず湧く」


「腕章持ちは?」


ハルが視線を巡らせる。


対黒局、自警団、自衛隊。

光る腕章が、点々と夜に浮かんでいる。


「今は黒の対応で手一杯だ」


久我は言った。


「ホークアイに割ける余力はない」


ハルは、少し考えてから口を開く。


「……逆に言えば」


「今夜、動くってことだ」


久我は即座に繋いだ。


二人の視線が、自然と合う。


「現れる推定、目処は立ってるのか?」


ハルの問いは、短く、核心を突いていた。


「ある」


久我は迷わなかった。


「今夜、確実に狙われる能力者がいる」


「——ホークアイ?」


「ああ」


久我は人の流れの向こうを見る。


「アマネの組だ。

 あいつらは、必ずホークアイを見つけに来る」


ハルは息を整える。


「つまり……」


「ホークアイと接触したければ、

 アマネ組が動く場所を張ればいい」


久我は続ける。


「向こうは“狩る側”のつもりだろうが、

 結果的に、囮になる」


「でも」


ハルは言葉を選んだ。


「俺たちも、見つかる可能性が高い」


「高いどころじゃない」


久我は肩をすくめる。


「ほぼ確実だ」


「理由は?」


「お前がいるからだ」


久我は、ちらりとハルを見る。


「無所属で、黒に近くて、しかも動く。

 ホークアイから見れば、最高の“指標”だ」


ハルは苦笑した。


「目立ちすぎか」


「まだ人間だからな」


久我は淡々と言う。


「隠しきれてない」


そのとき。


遠くで、乾いた破裂音が響いた。


花火ではない。

もっと低く、もっと鋭い。


ハルの肩が、わずかに強張る。


「……来たか」


「いや」


久我は首を振る。


「これは合図だ」


「アマネ組が、動き出した」


人波の中で、

見えない視線が一つ、確かにこちらを捉えた感覚があった。


「見つかるのは、どっちが先だと思う?」


ハルが言う。


久我は、迷わず答えた。


「俺たちだ」


「だろうな」


ハルは、ゆっくりと息を吐いた。


「じゃあ——」


「先に行く」


久我が言った。


「ホークアイに辿り着く前に、

 アマネ組と接触する」


ハルは頷く。


「夜の主役は、俺たちじゃない」


「だが」


久我は足を踏み出す。


「脇役が動けば、舞台は崩れる」


二人は、人の流れへと溶けていった。


その背中を、

狙う視線と、狙われる運命が、同時に追い始めていた。



_____



須川健、能力【ホークアイ】


夜は、騒がしいほど静かだった。


花火が上がる前の空気。

人の声が重なり合い、音としては満ちているのに、

狙撃手の耳には、必要な音だけが残る。


ホークアイは、屋上の縁に伏せていた。


伏せている、と言っても完全に寝かせてはいない。

いつでも動けるよう、重心はわずかに前。


スコープは覗かない。

まだ、だ。


「……来るな」


独り言のように呟く。


今夜、自分が“狙われている”ことは分かっていた。

アマネ組。

あの名前が出た時点で、遅かれ早かれこうなる。


だが、不思議と焦りはなかった。


「来るなら、ちゃんと来い」


ホークアイは、夜を見渡す。


提灯の光。

動線。

警備の配置。


——腕章が多すぎる。


対黒局。

自警団。

自衛隊。


黒対応に人を割きすぎている。

つまり、“人を捕まえる余裕”がない。


その瞬間、

スコープ越しでなく、肉眼で気配を捉えた。


動きが違う。


警備の歩き方じゃない。

黒に怯える足取りでもない。


「……無所属か」


いや、正確には。


「——“狙ってる側”だな」


ホークアイの口元が、わずかに歪む。


狙撃の腕前に、能力は関係ない。

どこに立つか。

いつ息を止めるか。


そして——


「何を、壊せば止まるか」


ホークアイは、照準をほんの少し下げた。


心臓じゃない。

頭でもない。


「……箒」


魔法使いは、落とせば終わる。


引き金に、指はかけない。


まだだ。


——先に、様子を見る。


_____


提灯の光が、夜気に滲んでいた。


最初に動いたのは、腕章持ちの方だった。


「未所属、捕獲対象――散開!」


三つの光が、地上で扇状に開く。

対黒局の腕章はよく目立つ。

それは威圧であり、同時に「こちらが正義だ」という宣言でもあった。


「来るよ!」


火憐が声を上げると同時に、箒が急上昇する。


だが――

上がりきる前に、白い閃光が空を裂いた。


「っ……!」


火憐は反射的に体をひねる。

弾丸は当たらない。

その代わり、箒の魔力導線のすぐ横を正確に削った。


「……狙ってない」


葵が低く言った。


「落とす気はある。でも、殺す気はない」


次の瞬間、地上の腕章持ちが一斉に距離を詰める。


「上空を抑えろ!

 魔法使いは落とせ!」


「――葵!」


火憐が叫ぶ。


「わかってる!」


葵は箒を急旋回させ、火憐と背中を合わせる。

二人の魔力が重なり、空気が一瞬だけ軋んだ。


「火憐、右!」


「了解!」


火憐の火球は、人ではなく地面を撃つ。

炸裂した熱が視界を歪め、腕章持ちの動きを止める。


その隙を、美波が逃さなかった。


——乾いた音。


銃声は一発だけ。


弾丸は、腕章そのものを正確に撃ち抜いた。


光が消える。


「なっ……!」


「一つ目」


美波の声は冷静だった。


続けて、二発目。


今度は別の腕章持ちの通信機。


「っ、連携が——!」


混乱が走る。


火憐が高度を下げ、葵が風を操る。

三人の動きが、噛み合う。


「今だ、葵!」


「……!」


葵は迷わなかった。


水の魔力が細く鋭く伸び、

腕章の留め具だけを切断する。


——落ちた。


光る腕章が、地面に転がる。


「二つ目!」


火憐が叫ぶ。


残った一人が、反射的に距離を取ろうとした。


だが。


「逃がさない」


美波の声と同時に、

弾丸が足元の地面を撃ち抜く。


跳ねた破片。

体勢を崩した瞬間、火憐が箒を急降下させる。


「ごめん!」


箒の柄で、腕章持ちの手首を叩き落とす。


——奪った。


三つ目の腕章。


息が詰まるほど、短い戦闘だった。


「……終わり?」


火憐が息を整えながら言った、その瞬間。


——キン。


空気が、鳴った。


葵は、その音を知っていた。


「……下がって!」


言い終わる前に、

純白の閃光が一直線に走る。


次の瞬間。


——バキン。


嫌な音。


葵の箒が、完全に折れた。


「……っ!」


体が、宙に放り出される。


火憐が伸ばした手は、間に合わない。


落下。


その一瞬、葵の視界が反転した。


——ああ。


——来た。


遠くで、誰かが息を呑む音。


地上のどこかで、低い声が呟いた。


「……やっぱり、使えるな」


須川健――ホークアイ。


姿は見えない。


けれど、

確実に見られていると、葵は分かった。


体が、ふわりと止まる。


落下はしなかった。


火憐が、必死に支えている。


「葵! 大丈夫!?」


葵は答えなかった。


胸の奥で、

冷たい感情が、ゆっくりと形を作る。


——折られた。


——“私の”。


その瞬間、

世界の音が、少しだけ遠ざかった。


夜祭りの空に、

次の花火が上がる。


戦闘は、終わっていない。


ただ、

次の段階に進んだだけだった。


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