表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パレット  作者: 青原朔
24/36

-第24章- 刺客

昼の喫茶アオハラは、穏やかだった。


豆を挽く音。

湯を注ぐ音。

カウンター越しの、他愛ないやり取り。


それらがきちんと存在していることが、

逆に落ち着かない。


鷹見朗は、カウンターの端に腰を下ろしたまま、

三人の動きを黙って見ていた。


しばらくして、ぽつりと口を開く。


「……なあ」


ハルが顔を上げる。


「正直に聞いていいか」


一拍。


「お前ら、まだ若いだろ」


視線が三人をなぞる。


「それなのに、

 なんでそんな無茶して能力者なんてやってる」


火憐が口を開きかけて、やめる。

葵はポットを置く手を止めた。


答えたのは、ハルだった。


「……探してるんです」


声は低い。


「数ヶ月前から、

 幼馴染がいなくなって」


鷹見の眉が、わずかに動く。


「名前は」


「星崎アマネ」


その名前を聞いた瞬間、

鷹見は明らかに困った顔をした。


「……そうか」


頭をかき、短く息を吐く。


「それで、か」


納得と同時に、

面倒な話に足を突っ込んだという表情だった。


「だから、

 そんな危ない橋を渡ってる」


鷹見は視線を逸らし、

何でもない調子で続ける。


「この店の名前さ」


「アオハラってのは、

 店主の名前から取ったのか?」


「……はい」


ハルが答える。


「青原さんの、名前です」


鷹見は、短く笑った。


「やっぱりな」


そして、そこで初めて

隠していた情報を置く。


「青原って男は、今——

 対黒局の重要指名手配人だ」


言葉が、静かに落ちる。


「星崎アマネも、同じリストにある」


ハルの手から、スプーンが滑り落ちた。


乾いた音。


拾おうとして、止まる。


「……指名手配?」


火憐が声を絞り出す。


鷹見は頷いた。


「正確には、

 “行方不明のまま危険指定”だ」


生死を断定しない言い方。


「……アマネが」


ハルは、息を吸うことも忘れていた。


その沈黙を、

意図的に破ったのは、店の奥にいた二人だった。


「そこまで話すならさ」


中年の男が、肩をすくめる。


「俺たちのことも、

 黙ってるのはフェアじゃない」


火憐が、そちらを見る。


「……誰」


鷹見が、視線だけ向けて言った。


「ああ…そこの二人も、

 指名手配犯だ」


一拍。


「能力者狩だろ?」


男は、否定しなかった。


「気づいてたか」


軽く笑う。


隣の少女が、間延びした声で続ける。


「なら話は早いねー」


視線が、ハルに向く。


男は、遠慮なく言った。


「無所属で、黒に近い能力者」


「噂、結構回ってるぞ」


男は続けていう


「ま、中身はガキだったけどな」


「……ガキ?!」


ハルが、思わず声を上げる。


男は肩をすくめる。


「否定はしないだろ?」


「若い。

 無茶する。

 それでも前に出る」


「典型的だ」


鷹見が、低く言った。


「……それだけじゃないだろ」


男は、にやりと笑う。


「正解」


その一言が、

この場を完全に“普通じゃない場所”に変えた。


「……で?」


火憐が腕を組んだまま言った。


「何しに来たんですか…」


「そう構えるな、ガキは狩らねーよ」


男はいつの間にか、火憐の肩に手を置いていた。


「…なっ、え、はや」


能力者狩の男は、そこで初めて真面目な顔になった。


「建前から話そう」


そう前置きして、指を一本立てる。


「近いうち、この街で“夜祭り”がある」


ハルが眉をひそめる。


「……夜?」


「そう。あえて、だ」


男は言う。


「この世界じゃ、祭りは基本的に昼までだろ。

 夜は黒が出る。危険だからな」


少女が、淡々と続けた。


「だから夜祭りは異例。

 人が集まる。明かりが増える。警備が必要になる」


「事故防止、混乱抑制、黒の出現対応」


男はカウンターに肘をつく。


「これが建前だ」


鷹見が、低く息を吐く。


「……筋は通ってる」


「だろ?」


男は頷いた。


「対黒局としても、

 能力者の協力を募るのは自然だ」


火憐が言う。


「でも、それだけなら

 能力者狩が来る理由にはならない」


男は、少しだけ笑った。


「鋭いな」


そして、声を落とす。


「夜祭りはな」


「能力者が、一番“浮く”」


少女が続ける。


「特に、無所属」


「どこにも属してない能力者は、

 身を隠すために人混みに紛れる」


「逆に言えば——」


鷹見が言葉を継ぐ。


「……探しやすい」


男は、肯定した。


「そう。偵察だ」


「俺たちは、

 その夜に“探してる能力者”がいる」


ハルの視線が、鋭くなる。


「……誰を」


少女が、事務的に答えた。


「時を操る能力者」


「能力名は仮だけどね。

 【時空停止】」


ハルは、思わず息を止めた。


男が説明する。


「最大五分間、

 世界が止まったように見える」


「実際は、時間停止じゃない」


「脳の処理速度が異常に跳ね上がってるだけだ」


少女が補足する。


「だから世界は、ほんの少しずつ動いてる」


「五分ってのは、

 脳が耐えられる限界」


「物を動かすには、

 体積と重さが壁になる」


火憐が、静かに言った。


「……それが、何で私たちに」


男は、一瞬だけ間を置いた。


「その能力者はな」


「星崎アマネのチームにいた」


ハルの指が、無意識に強く握られる。


「……やっぱり」


鷹見が、重く言う。


「だから、

 無所属のお前たちに声をかけた」


「顔が利く」


「黒に近い」


「正規の組織より、

 距離を詰められる可能性がある」


男は、はっきり言った。


「夜祭りの表向きの任務は警備」


「裏では、探索」


「もし見つけたら?」


火憐が問う。


少女は肩をすくめる。


「状況次第」


「接触できれば御の字」


「無理なら、位置と特徴だけでもいい」


鷹見が、低く唸る。


「……つまり」


「お前たちは、

 餌だと言ってるようなもんだ」


男は否定しなかった。


「言い方は悪いが、

 そう見えるかもしれない」


「でもな」


視線が、ハルに向く。


「今の世の中、

 綺麗な正義だけで動ける能力者は足りてない」


少女が、少しだけ柔らかい声で言う。


「無所属で、

 それでも前に出るやつは、もっと足りない」


沈黙。


外では、祭りの準備が進んでいる。


提灯は、まだ灯らない。


それでも、

夜は確実に近づいていた。


男は、最後にこう言った。


「俺たちは狩る側だ」


「お前たちは、狩られる側かもしれない」


「それでも」


一拍。


「お前達みたいなのが、必要なんだよ」


ハルは、答えなかった。


ただ、

胸の奥で何かが静かに鳴った。


それは恐怖でも、怒りでもない。


——選ばされた、という感覚だった。


夜祭りは、まだ始まっていない。


けれど、

もう逃げ道は塞がれていた。


男は、椅子から立ち上がった。


「名乗っとくか」


その一言だけで、場の空気が一段冷える。


「久我だ」


それ以上の説明はない。

姓だけ。

それで十分だと言わんばかりに。


「能力は持ってない」


ハルが一瞬、目を瞬かせる。


「……非能力者?」


「そうだ」


久我は気にも留めない。


「歳は四十手前。

 能力者を相手にする仕事を、長くやってる」


火憐が思わず言う。


「……それで、あの動き?」


久我は肩をすくめた。


「訓練と場数だ」


それだけ。


次に、隣の少女が一歩前に出る。


「美波」


短い声。


「中二」


年齢を言うことに、何の感情も乗せない。


「能力は」


一拍。


「使ったことのある銃を、好きなときに出せる」


ハルの喉が鳴る。


「……銃?」


美波は頷いた。


「弾も含めて」


それ以上は言わない。

どんな銃かも、どれくらい使えるのかも。


久我が続ける。


「俺たちは狩る側だ」


「今日は、それを隠しに来たわけじゃない」


「必要なら、また会う」


そう言って、踵を返す。


美波もそれに続いたが、扉の前で一度だけ振り返った。


視線は、ハルに向いていた。


「……無所属」


小さく、確かめるように呟く。


「大変だね」


それが同情なのか、忠告なのかは分からない。


ドアが閉まる。


鈴の音が、やけに乾いて響いた。


残されたのは、

名と、能力と、年齢だけ。


そして、

「次は敵かもしれない」という予感だけだった。

_____


ドアが閉まってから、

しばらく誰も動かなかった。


鈴の音だけが、やけに長く耳に残る。


ハルは、視線を落としたまま、

ゆっくりと息を吐いた。


「……指名手配って」


言葉が、途中で止まる。


火憐が、眉を寄せた。


「さっきの話……本当なの?」


鷹見は、少し遅れて頷いた。


「本当だ」


短く、逃げ場のない肯定。


「星崎アマネは、

 対黒局のリストに載ってる」


「重要指名手配人、だ」


その言葉に、

空気が一段冷えた。


ハルの手が、わずかに震える。


「……生きてるんですか」


それは、祈りに近い問いだった。


鷹見は、すぐには答えなかった。


カウンターの木目に視線を落とし、

しばらく考える。


「生死は、断定されていない」


「だからこそ、危険指定だ」


「“存在している可能性が高い”」


ハルは、唇を噛んだ。


「……じゃあ」


「俺が、探してた方向は」


間違っていなかった。


そう言いたかったのに、

声にならない。


葵が、初めて顔を上げた。


「……どうして」


声は小さい。


「どうして、指名手配なんですか」


鷹見は、正直に答えた。


「理由は一つじゃない」


「黒との接触」


「能力回収」


「組織外での独自行動」


「そして——」


一拍。


「対黒局の管理下に、いないこと」


火憐が、吐き捨てるように言う。


「それって」


「悪いことなの?」


鷹見は、首を振らなかった。


「組織から見れば、な」


「“把握できない能力者”は、

 それだけで脅威だ」


ハルは、拳を握った。


「……アマネは」


「誰かを傷つけるような人じゃない」


鷹見は、静かに言う。


「分かってる」


「だがな」


視線が、ハルに向く。


「組織は、

 “人柄”で判断しない」


「“管理できるかどうか”だけだ」


その言葉が、

胸の奥に沈む。


ハルは、ゆっくりと顔を上げた。


「じゃあ」


「俺が探してる人は」


「守られる対象じゃない」


「……捕まえる対象なんですね」


誰も、否定できなかった。


葵は、視線を伏せる。


その指先が、

無意識に強く握られている。


「……アオハラ、って」


火憐が、ぽつりと呟く。


「店主の名前だって、さっき言ってたよね」


鷹見は、頷く。


「青原も、同じだ」


「星崎アマネと、同列で扱われている」


沈黙。


喫茶アオハラという名前が、

急に重くなる。


ハルは、カウンターの向こうを見た。


そこには、

いつもと変わらないコーヒー器具と、

空の席があるだけだ。


それなのに。


「……この店」


声が、低くなる。


「逃げ場じゃ、なかったんだ」


鷹見は、否定しない。


「だが」


「隠れ家だったのは、確かだ」


「だからこそ、

 いずれ嗅ぎつけられる」


ハルは、静かに頷いた。


「……それでも」


「探します」


視線は、揺れていない。


「指名手配でも」


「危険指定でも」


「俺にとっては、

 幼馴染なんで」


その言葉に、

葵の肩が、ほんのわずかに揺れた。


火憐が、深く息を吸う。


「……ねえ」


「夜祭り」


「これ、ただの手伝いじゃないよね」


鷹見は、答えなかった。


答えなくても、

全員が分かっていた。


夜祭りは、

“探す側”と“探される側”が

同じ場所に集められる夜だ。


喫茶アオハラは、

静かに、確実に、

引き返せない場所になっていた。


読んでくださりありがとうございます

新章【夜祭り】編始まりです。

楽しい祭りの背景に潜む黒と闇。

敵は黒だけでは無い。


もしよければブクマや評価をお願いします…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ