-第22章- また会う日まで
夜は、いつも唐突に来る。
日が落ちきる前の空は、まだ青を残していて、
人は「もう少し猶予がある」と錯覚する。
鷹見朗も、そうだった。
局舎の前で立ち止まり、
彼は部下二人の装備をもう一度だけ確認した。
「今回も、通常の黒だ」
言葉にして確認するように告げる。
「いいな。深入りするな。
異常を感じたら、即時撤退だ」
「了解です」
二人は短く返し、夜へ向かった。
その背中を見送りながら、
鷹見は喉の奥に引っかかる感覚を覚えた。
——言い残したことがある気がする。
だが、何を言えばいいのか分からない。
会議室で見た男の顔が、脳裏に浮かぶ。
統。
理路整然とした物言い。
秩序を疑わない態度。
そして、人を“人として見ていない”視線。
「……」
鷹見は、拳を握った。
無線は、まだ静かだった。
⸻
同じ夜。
神木ハルは、黒の気配を正面から感じ取っていた。
「来る」
短く告げる。
葵の肩が跳ね、
火憐が一歩、前に出る。
黒は複数。
だが、統率は甘い。
逃げられる。
けれど、逃げればこの先の住宅地に流れる。
「俺が前に出る」
ハルは、はっきり言った。
「借りるなよ」
火憐が、即座に言う。
ハルは一瞬だけ視線を向け、頷いた。
「分かってる」
迷いはあった。
だが、決断はしている。
——守る。
正しいかどうかじゃない。
後悔するかどうかでもない。
ただ、自分がここに立っている理由。
影が足元で蠢く。
だが、ハルはそれに命じない。
走る。
黒の動きに合わせ、
自分の体を前に出す。
攻撃は、最小限。
致命傷は避ける。
時間を稼ぐ。
仲間を守る。
それだけに集中する。
⸻
無線が鳴った。
【接触——黒、複数!】
次の瞬間、音が乱れる。
【……こちら……黒因子……】
鷹見は、即座に理解した。
——通常じゃない。
走り出す。
⸻
現場に着いたとき、
鷹見は一瞬、状況を把握できなかった。
黒が、散っている。
倒されているのではない。
引き離されている。
その中心に、少年がいた。
神木ハル。
そして——
鷹見は、別の二つの存在に気づく。
部下二人。
まだ、生きている。
だが——
囲まれている。
黒因子。
それは黒でありながら、
討伐対象の“黒”とは決定的に違った。
意志がない。
感情がない。
ただ、判断基準だけがある。
——排除。
「下がれ!」
鷹見の声が、夜を裂く。
ハルが即座に振り向く。
一瞬、視線が交わる。
理解は早かった。
言葉は要らない。
ハルが前に出る。
鷹見が援護に回る。
動きは自然だった。
長い時間を共にしていなくても、
同じ判断をする人間だと分かる。
だが——
間に合わない。
黒因子の動きは、
命令でも感情でもなく、
処理そのものだった。
一人が倒れ、
もう一人が無線に手を伸ばす。
「隊長——」
その声は、最後まで届かなかった。
鷹見の足が、止まる。
ハルも、止まる。
——遅かった。
戦闘ではない。
粛清だ。
次の瞬間、
空間が、揺れた。
音もなく、
何事もなかったように。
死体が消えた。
血も、装備も、
存在の痕跡ごと。
回収。
大切な資産だから。
鷹見は、歯を食いしばる。
「……そういう、判断か」
誰に向けた言葉でもない。
ハルは、拳を握りしめていた。
——守ろうとした。
——それだけだった。
借りなかった。
任せなかった。
それでも、
救えなかった。
「……すまない」
鷹見が、低く言う。
ハルは首を振った。
「俺も、同じです」
二人は、同じ場所を見ていた。
消えたもの。
守れなかった命。
そして——
組織が守ろうとした“何か”。
遠くで、夜のサイレンが鳴り終わる。
この夜で、
二人は理解した。
敵は、黒だけじゃない。
____
無線が、まだ繋がっている。
ハルは、反射的にスイッチを押した。
「……青原さん」
返事はない。
雑音もない。
途切れているわけでもない。
ただ、向こうが沈黙している。
「こちら、終了しました」
報告としては、正しい言葉だった。
処理は終わっている。
現場は片付いている。
それでも。
「……青原さん?」
名前を呼んだ瞬間、
ハルの背中が、ほんの少しだけ強張った。
無線は沈黙したまま。
電波障害でもない。
圏外でもない。
——繋がっているはずなのに、
返ってこない。
鷹見は、無線機を見つめた。
押し直す。
もう一度。
「……応答を」
それでも、何も起きない。
夜は、すでに深くなっていた。
遠くでサイレンが鳴り終わる。
それを合図にしたかのように、
無線のランプが、ふっと消えた。
故障でも、異常でもない。
通信が、切られただけだ。
誰が切ったのか。
なぜ切られたのか。
その場にいる誰も、口にしなかった。
ただ一つだけ、
全員が同じことを思った。
——いままで、
当たり前にいた人がいなくなった。
対黒特別対応局編は以上となります
また少しだけ日常回を挟み、新たなルートへ向かいます。
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