-第14章- 対黒特別対応局
サイレンが鳴った。
夜が来る。
それだけで、街は一斉に息を潜めた。
「行くよ」
葵と火憐が空へ上がる。
箒が風を裂き、屋根の高さを越えていく。
ハルは一拍遅れて、影に足を沈めた。
ダイブ。
世界が反転し、音が遠ざかる。
黒の気配だけが、輪郭を持って迫ってくる。
——いた。
路地の奥。
壁に滲むように、黒が蠢いている。
「確認。単体」
インカムに短く告げる。
「無理しないで」
「分かってる」
ハルは、黒を“倒さない”。
配置する。
逃げ場を潰し、街から切り離す。
いつも通り。
問題はない。
——はずだった。
次の瞬間。
光が落ちた。
夜を裂く、白。
太陽に似ている。
だが、温度がない。
黒が、怯んだ。
蠢いていた影が、壁に縫い止められたように動きを止める。
「……なに?」
火憐の声が、インカム越しに震える。
ハルは反射的に影へ沈もうとした。
——沈めない。
影が、影として機能しない。
「……っ」
地面に、縫い止められる感覚。
「下がれ」
知らない声。
光源の方を見ると、
数人の人影が、統制された動きで路地に降り立っていた。
全員が、同じ形のライトを持っている。
互いに、ライトを一瞬だけ照らし合う。
確認。
言葉はいらない。
——同じ所属。
その光が、ハルに向けられた。
「……動けない」
葵の声が、鋭くなる。
「ハル!?」
「影が……使えない」
黒が、完全に硬直する。
次の瞬間、
別の光が照射され、黒は音もなく消えた。
焼け焦げることもない。
ただ、“処理”された。
地面に降り立った男が、ハルを見る。
ライトは、まだ消えない。
「今の黒を制圧していたのは、君か」
問いではない。
状況確認だ。
「……俺だ」
ハルは一歩、前に出ようとした。
だが、光がそれを許さない。
「被害は出てない」
言葉だけで、続ける。
「人も逃がした。
黒も、街から切り離した」
男の視線は、揺れない。
「それでも、ダメなのか」
光の中で、ハルは問いかける。
「黒を使ったら、
助けたことも、意味がなくなるのか」
男は即答した。
「それは黒の力だ」
「——だから?」
「制御しているつもりかもしれないが、
本質は同じだ」
「……本質って、なんだ」
ハルは足元を見る。
影は、そこにあるのに、沈めない。
「俺は、飲まれてない」
顔を上げる。
「選んでる」
一拍。
「それでも、同じか」
男は、ほんの少しだけ目を細めた。
感情ではない。
判断だ。
「人を守るために黒を使う。
それが、一番危険だ」
ライトが、少しだけ下がる。
「今回は、見逃す」
男は踵を返す。
「次に会った時は、
“対応”になる」
去り際、ライトが再び向けられる。
測るように。
照らすだけで。
「——対黒特別対応局だ」
彼らは、互いに光を交わし、夜へ消えた。
ライトが消えた瞬間、
影が、戻った。
ハルは膝をつきそうになるのを、堪える。
「……今の、なに」
火憐の声は、怒りを含んでいる。
「黒より、あっちの方が怖い」
葵は、黙ってハルを見ていた。
——照らされた。
黒かどうかを、試された。
インカム越しに、青原の声が入る。
「……戻ろう」
喫茶アオハラで、
誰かが小さく言った。
「ライト……?」
青原は、カップを置く。
「対黒局の識別灯だ」
一拍。
「君たちは、
まだ“所属していない”」
夜は、終わっていない。
けれどハルは、はっきり理解した。
——この世界は、
光で、立場を決める。
______
——青原
喫茶アオハラの照明は、夜になると少し落とす。
明るすぎると、影が消えてしまうからだ。
カウンターの内側で、僕はコーヒーを淹れていた。
豆を挽く音が、店内に静かに広がる。
誰も、すぐには口を開かなかった。
それでいいと思った。
夜に起きたことは、
言葉にした瞬間、形を変えてしまう。
「……さっきの、光」
最初に口を開いたのは、火憐だった。
「なんだったんですか」
カップに湯を注ぎながら、僕は答える。
「対黒特別対応局の装備だよ」
「武器?」
「識別灯、かな」
少しだけ言葉を選ぶ。
「黒を制圧するための光。
太陽に似た性質を持ってる」
ハルが、黙ったまま聞いている。
「黒だけじゃない」
僕は続けた。
「影を媒介にする能力にも、干渉する」
視線を上げると、
ハルと目が合った。
「君のダイブが止まったのは、そのせいだ」
ハルは何も言わない。
ただ、手を握りしめている。
「……ずるくないですか」
葵の声は、低かった。
「そんなの。
光当てるだけで」
「ずるいよ」
僕は、はっきり言った。
「でも、合理的だ」
葵が眉をひそめる。
「合理的?」
「彼らにとって、黒は災害だ。
理解する対象じゃない」
カップを置く。
「火事を前にして、
炎の気持ちを考える人はいないだろう?」
火憐が、黙る。
「対黒局は、
“早く、確実に、被害を減らす”ことを最優先にしている」
「……じゃあ」
ハルが、ようやく口を開いた。
「俺たちは?」
その声は、怒っていなかった。
ただ、確認だった。
僕はすぐに答えなかった。
豆の香りが、店に満ちる。
「未所属だ」
それだけ言った。
「対黒局は、
能力者が少ないことを問題視している」
「被害が出るのは、
人手が足りないからだと考えている」
「だから」
一拍。
「組織に属さない能力者は、
非協力的と見なされる」
火憐が、思わず声を荒げる。
「そんなの——」
「正しいかどうかは、別だよ」
僕は遮った。
「でも、彼らはそう判断する」
ハルが、俯く。
「……光を当てられた時」
ぽつりと、言った。
「試されてる気がした」
僕は頷いた。
「そうだね」
「黒かどうか。
敵かどうか」
「それを、光で決める」
しばらく、沈黙。
「じゃあさ」
葵が言う。
「私たちは、どうすればいいの」
その問いは、
僕に向けられているようで、
実は違う。
「選ぶしかない」
僕は、静かに言った。
「属するか。
属さないか」
「光の中に立つか。
影に残るか」
ハルが、顔を上げた。
「……青原さんは?」
少しだけ、言葉に詰まる。
「僕は」
答えを、置かない。
「観測してるだけだ」
嘘ではない。
でも、全部でもない。
「ただ一つだけ、言えることがある」
三人を見る。
「君たちが今夜、
誰も見捨てなかったこと」
「それは、
対黒局には測れない」
光では、測れない。
「だから」
僕は、カウンターに手を置いた。
「急いで決めなくていい」
「この店は、
まだ夜を待てる」
コーヒーの香りが、
少しだけ、苦くなった。




