ep72.神の器
咲の問いが、裏世界に落ちる。
「零と魅魅を取り込まないの?」
「王を吸収すれば完成する」
「神に近づける」
灰色の空が重い。
全員が、ハルを見る。
咲は期待している。
計算の中に収まる答えを。
ハルは、静かに息を吐いた。
「……ならない」
その声は小さい。
でも、迷いがない。
咲が首を傾ける。
「何に?」
「神に」
即答だった。
「俺は神にならない」
空気が、わずかに震える。
咲の瞳が細くなる。
「完成を拒否するの?」
ハルは一歩前に出る。
「完成ってなんだよ」
「吸収して、支配して、取り込んで」
「それが正解か?」
零の影が、静かに揺れる。
魅魅は腕を組んだまま、黙っている。
ハルは続ける。
「俺が感じてきたのはな」
「黒は敵じゃない」
「物でもない」
「分かり合える存在だ」
咲の笑みが、少しだけ歪む。
「感情論だ」
「そうだよ」
ハルは即答する。
「感情論だ」
「結果論だ」
「でもな」
拳を握る。
「それだけで全部片付けられないのが人間だろ」
裏世界に、その言葉が落ちる。
静寂。
咲はしばらく、何も言わない。
ただ、ハルを見ている。
「……非効率だね」
小さく笑う。
「だから面白い」
咲は、心から楽しそうだった。
「取り込まない神」
「共存を選ぶ王」
「予定外だ」
その目は、狂気と興奮が混ざっている。
「でもさ」
ゆっくり近づく。
「零も」
「魅魅も」
「いずれ選ばされるよ?」
「吸収される側か」
「吸収する側か」
零の瞳が、細くなる。
魅魅が、鼻で笑う。
ハルは動かない。
「選ばない」
咲の足が止まる。
「選ばない?」
「奪わない」
「取り込まない」
「共存する」
咲の顔から、一瞬だけ笑みが消えた。
それは理解できないものを見る顔。
「……君は本当に、神にならないんだね」
「ならない」
「なれるとしても?」
「ならない」
即答。
揺れない。
裏世界が、わずかにざわつく。
咲は、しばらく黙ってから、笑った。
「あはは」
「あはははは」
高く、乾いた笑い。
「最高だよ春」
「ほんとに」
「君は最高に面倒だ」
でも、その目はどこか――
羨ましそうだった。
「じゃあどうする?」
「取り込まない神様」
「共犯者として世界を立て直す?」
「それとも」
少しだけ顔を傾ける。
「僕を止める?」




