1 shot.身長180cmのアイドル少女②
私は目を覚ます。
見慣れない天井を見つめて意識を手繰り寄せていると、視界に見慣れた顔が飛び込んだ。
「ゆっか!」
「……あれ、私」
友人だ。
彼女の顔をぼんやりと見つめてから私はゆっくり起き上がる。
「あんた、突然倒れたんだよ。たまたま近くにいたレイヤーさんが医務室まで運んでくれて」
そう言いながら友人が視線を私から外す。
釣られるようにそちらを見れば部屋の端で遠慮気味に立っているコスプレイヤーの姿が見える。
意識を失う前、私を受け止めてくれた長身アイドルレイヤーさんだ。
「ご、ごめんなさい! 迷惑掛けてしまったみたいで」
「いえ」
勢いよく頭を下げれば短い返事がある。
その素っ気ない声に実は怒らせているのではと、恐る恐る顔色を窺った。
けれど助けてくれたレイヤーさんが怒っている様子はなく、私は内心でほっとした。
「体調は大丈夫ですか?」
「え? あ、はい……! 度重なる激務と前日の徹夜による疲労だと思うで」
「……そうですか」
(やっぱり男の方だなぁ)
話をしながらも私の意識は恩人の容姿へ傾く。
綺麗な顔立ちに、節々に感じる女性らしい体のライン。しかしその身長や姿勢、そして声が彼の性別を物語っていた。
暫くまじまじと見つめていると、目が合ってしまう。
小さく息を吐き、視線を逸らす彼を見て漸くあまりいい態度ではなかったと我に返った。
「大事はないようですし、俺はこの辺りで……」
「ま、待って!」
向けられた背に私は声を掛ける。
すると彼が振り返り、要件を問うような視線を投げ掛ける。
「お礼! させてください……!」
***
コスプレ会場の近辺にある居酒屋。
私は友人レイヤー木築 恭子と恩人の女装レイヤー『Halu』さんと共にテーブルを囲んでいた。
勿論ウィッグやメイク、衣装などは全て取っ払った状態だ。
「かんぱーい!」
グラスをぶつけ合い、喉を潤しながら私は改めてHaluさんに頭を下げる。
「今日は本当にすみませんでした……!」
「あ、いえ。本当にお気になさらず」
「お詫びとお礼兼ねて奢るので、好きなだけ頼んでください……!」
「いや、それは流石に」
「いーのいーの。やらかしたのこの子だし」
申し訳なさそうに眉を下げる『Halu』さんの言葉を遮ったのは恭子だ。
自分以外の人間が気にするなと話せば当然断りにくい空気にはなる。
「では……お言葉に甘えて」
『Halu』さんは丁寧に頭を下げた。
料理が出揃った後、食事をとりながら私たちは他愛もない話をする。
「へー! 『Halu』さん学生なんだ」
「大学二年生です」
「若っ!」
「お二人もそう変わらないですよね?」
「「いや、変わる」」
「真顔……」
社会人になってからの体力低下や時の流れの速度を思い出し、私と恭子が渋い表情をする。
『Halu』さんはそれを見ておかしそうに笑う。
「二年ってことは二十歳?」
「じゃないと酒は飲めないですね」
「あ、そーかそーか」
ハイボールをちびちびと飲む『Halu』さんを見て恭子が納得する。
年齢の割には落ち着いた人だという印象を私は『Halu』さんに抱いていた。
口数が少ない事もあり、初めは気を悪くさせたりはしていないかと不安に思ったが、クールな印象の顔に何度か笑みが浮かべられる度に案外素直でわかりやすい性格らしいことを悟った。
「学生だとコス大変だよねぇ。金掛かるしさ」
「そうですね。おかげで年中金欠です」
「うちらもそうだったわー」
「んね」
恭子から同意の視線が投げられて私は頷く。
そんな私たちの話を聞きながら、『Halu』さんは視線をジョッキへ落として微笑んだ。
「でも、やっぱり楽しいです」
その瞳は輝いている。
期待や楽しみ、喜び。幸福で満たされる顔を彼はしている。
そんな『Halu』さんの表情がかつての自分に重なって、少し虚しさを覚えた。
そして同時に思い出す。
気を失う前に感じた空虚さ。以前のようにコスプレを楽しめない自分を。
「あーーーー」
「ちょ、どーしたの。もう酔った?」
「いやぁ、はは。いや、さっき考えてたこと思い出して」
テーブルに突っ伏す私を恭子が突く。
それを雑に振り払いながら、私は苦笑した。
「そろそろ潮時かなぁって」
「え」
「潮時って……コスのこと?」
「そ。よー、社会人になってからもなんとかやってきてたけど、前みたいに楽しめなくなったなぁってひしひし感じてて。あー、今がやめ時なのかもな、的な?」
「的な? って、そんな軽く言うか?」
驚きを見せつつも恭子が私を引き止めようとしないのは、時間に追われて苦しむ私をよく知っているからだろう。
残念だと顔には書いてあったが、彼女は笑い掛けてくれていた。
「アニメもゲームも好き。二次元も好き。けど、だからこそ……こんな中途半端な気持ちで、義務感的な感じで消費するのは違うよなって思って」
「……そっかぁ」
沈黙が訪れる。
そこで私は慌てて顔を上げた。
「って、ごめんごめん! 折角のアフターで! 変に重い空気にしちゃったね……! そうだ、『Halu』さんが今日してたコスってさぁ……」
「……勿体無いですよ」
「え?」
話題を変えようとした私の声を遮ったのは『Halu』さんだ。
驚いて彼を見れば、自分に向けられた真っ直ぐな視線に気付く。
「勿体無いと思います」
「勿体無いって……そうは言ってもねぇ」
正直、今日知り合った赤の他人に何かを言われてもあまり心は響かない。
というか反応に困ってしまい、私はそんな心情を誤魔化すように苦く笑う。
「すみません。全然関係ない人間ってのは理解してるんですけど……『ユッカ』さん」
「うん?」
「よければ併せしてくれませんか」
「へ……っ!?」
ジョッキを置いた『Halu』さんは身を乗り出し、私へ詰め寄った。
「辞めてしまうのであれば、せめてその前に」
「え、えぇ〜……っ!?」
――これが一つの転換期だったのだろう。
後の私はそう思うようになるのだった。




