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1-1 

 ワンスは売れない技師だった。残念なことに才能がなかったのである。


 田舎の農民の産まれで、教養もない。それでも彼は、幼少の頃から夢みていた技師の職業を諦めきれず、説得できない両親から半ば離れるようにして単身で都会へと進出した。そして現実を知った。


 所詮は無名の田舎者(おのぼり)。著名な師匠に弟子入りし、下働きなどの研鑽も積んでいない。商売のノウハウもない。


 それでも食いっ(ぱぐ)れなかったのは、町が大勢の労働者を必要としていたからだ。日雇いの仕事を探しては朝から晩まで働き、日銭を稼ぐ。本末転倒である。これを続けること五年。十五の時に故郷を棄てたので、ワンスはいつの間にか成人していたことも気付かなかった。同じ境遇の顔馴染がいるが、誕生日を祝ってくれるほどの仲ではない。


 そんなワンスが技師を名乗れるようになったのはここ数日だ。食費などを切り詰めて、日雇い労働で覚えた技術を活かして、ついに移動式の荷車を拠点とした店舗を作ることができた。


 とはいえ、最初から好調な出だしとなるはずもなく。出店したはいいが固定客もできず、日雇い労働仲間に冷やかしを受けるだけだった。


 いけない。このままではいけない。


 利益の出ない仕事など仕事とは呼べない。


 仕事がない日に重たい荷車を押し、無駄な時間を過ごす。これをなんと呼ぶのか知っている。趣味だ。趣味の領域から抜けていないのである。


 プロフェッショナルがプロフェッショナルたる所以(ゆえん)はなにか?


 誰も真似できない仕事ができるから? 違う。


 それで食べていけるほど、利益を得るからだ。


 今のワンスに足りていないものは技術もそうだが、稼ぎが第一だ。


 これでは日雇い労働を続けていた方が、まだ人生を潤すことができる。


 売れないから潤わない。交際相手だってひとりもできない。


 酷い有様だ。もし両親が息子の醜態を見たらどう思うだろう。


 諦めて田舎に帰る手もあるが、それは生活が立ち行かなくなった時のための最終手段だ。


 だが、もうその最終手段を使わざるを得なくもなってきている。


 ワンスはたったひとつの趣味がある。読書だ。特に推理小説が好きで、生活費を削減し技師としてデビューをする夢を掲げるも、実は予定より一年もオーバーしていた。


 本屋を見かけると、どうしても最新作の本が目に入る。学はないが、少しばかり字が読めた。最初は勉強のつもりで購入したのがきっかけとなったが、今では中毒レベルで衝動的な物欲が発生してしまい、欲に勝てずあぶく銭を集めて積み立てた資金を切り崩しては購入してしまう。


 そんなワンスは、技師がダメだったら小説家になりたい。こんな素晴らしい推理小説を書いてみたいと野望を燃やすも、才能がなかった。


 推理のトリックなど、ひとつも思い浮かなかったのである。


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