修行と知識と
さすがに自分の恥ずかしさを解消するために、他人の部屋を漁るのはありえない。とりあえず部屋を出てサーガさんと合流し、何か良い案はないか聞こう。
恥ずかしいことに気付いたあとで見られるのは心理的にキツイので、こっそり部屋を出ようとゆっくりとドアノブを回し始めた瞬間
「おはよう仁太殿! 朝食の用意は出来ておりますぞ!」
町長に扉を開けられた上に後ろに数名のメイドを引き連れていて、計画は部屋を出るまでもなく破綻する。
項垂れるこちらに対し何かあったのかと慌てて聞いてくれた町長に、男性物の着替えをお願いできますでしょうか、と声を絞り出しながらお願いした。
すぐに用意しますと町長は言ってくれたものの、後ろのメイドさんたちがそのままでも良いのになどという、恐ろしいことを言っていたのは聞かなかったことにし、着替えまってますと告げて扉を閉める。
しばらくして着替えが届いたが、黒い布のシャツにスラックスそしてブーツという、地味だが大歓迎の物が来て喜んで素早く着替えて外へ出た。
何やら一部に大不評のようだったけど、僕は大好評なので気にせず町長に先導され移動する。
「さぁ皆で朝食を頂こうではないか!」
「頂きます!」
屋敷の食堂に着き見ると机が幾つも並べられており、中央にサラダが入ったボウルが置かれ、パンとシチューが一人分ずつ置かれていた。シチューは見た感じ玉ねぎに人参じゃがいも、そして何かの肉が入っている。
この肉は何でしょうかと隣に座っているサーガさんに聞いたところ、家畜として多く飼われている豚の肉だと教えてくれた。
こういう野菜は異世界でも同じなのか、それともこの世界を作った人がそうしたのか分からないが、安心して食べられると感謝しながら頂く。
「では腹ごなしに始めようか」
朝食後、屋敷に庭をお借りしてサーガさんに戦いの稽古をつけてもらう。急に最強には成れないものの、三鈷剣と羂索という唯一無二の武器があるので、それを使って戦いを進めようと言われる。
サーガさんが剣と左手首の縄の名前を知っていることに驚き、どこで聞いたんですかと尋ねたが稽古を始めよう言われ、露骨に話を逸らされた。
なにか言いたくない事情があるのだろうと考え、今はサーガさんより弱い自分が強くなることが先だ、と切り替えお願いしますと頭を下げる。
稽古は羂索を使って相手をけん制したり、腕や足で絡め動きを拘束或いは鈍らせてから、三鈷剣で斬りつけるパターンを身に着ける、というものだった。
いざ稽古が始まってみるとサーガさんの動きは捕らえるのは難しく、彼に衝撃を与えた黒い鎧はこれ以上かもしれないと思うと、魔族を一人倒したくらいで喜んでいられないと気を引き締める。
「よし、初日はここまでだ」
「あ、ありがとうご、ございました……」
羂索の動かし方が雑になると思い切り引っ張られ、地面に何度も突っ伏した。最初にやられた時は意図せずだったようで、すまないと謝られるも不味かったらやってくださいと頼んだ。
結局ほぼ不味かったらしく、突っ伏していた時間の方が多いような気がする。初日にしては良かったと思うぞと慰められたが、全然駄目なんだなと理解しながら起き上がった。
稽古が終わると昼食となり、昼食の後はこの辺りの勉強をするべく地図や知る人はいないか、とサーガさんが町長に聞くと少し考えた後で、ユーイなら適任だと推薦される。
そう言えばユーイさんが魔法を使ってたのを思い出し、町長に聞くとシャイネンで修業をし魔法使いの免許を持っている、と教えてくれた。
この世界では魔法は免許制らしく、使用する場合の条件も限られているらしい。魔法の仕様法を護るという誓約書を書き、テストに合格して初めて得られるそうだ。
「ノガミの魔法管理者であるニコ様からも、あの子は筋が良いと褒められたほどだ。さすが私の自慢の娘だよ」
魔族もノガミがどうのと言っていたけど何だろうと思い、それも尋ねたところ驚かれる。首をかしげていると町長はサーガさんに対し、彼は記憶喪失かなにかですかと聞いた。
まさか異世界人だと言う訳にも行かず、サーガさんはその通りですだから裸で娘さんに服を借りたのです、と取り繕ってくれる。
さすが勇者ですな! とよくわからない納得をされたところでユーイさんが来て、あとは娘に聞いてくださいと引き継ぎ離れた。
「あなたはこの辺の地理などに詳しいと聞きましたが、お教え願えますか?」
「は、はい! 私で良ければ」
ユーイさんは髪を後ろで縛る以外は昨日と違い、今日は修道服を着て胸には竜を模ったネックレスを付けている。
別室へ移動し地図を用いて現在地と近くの国などを説明してもらう。ユーイさんが魔法を学んだシャイネンは、ここから北東へかなり移動した先にあり、こことシャイネンの真ん中にヨシズミ国があるという。
魔王軍はここからさらに西南に移動した森の中の、湖の真ん中にある城を拠点としているようだ。途中に要塞や魔王軍の町、人間や獣人それにエルフの町などが点在しているらしい。
目的地が分かったことで目指す先が判明し、何も見えないより希望が見えて来たなと思ったものの、城へ近付くには要塞などを突破せねばならず、数人では難しいなとサーガさんは言った。
なんとか味方を探していくしかないですかねとサーガさんに言うも、それは難しいのではないかと即答する。
理由としてはまだこの先は人間たちにとって未開の地域であり、魔王軍が地理的にも有利になっており攻めるのは厳しく、シャイネンなど大都市が動くのは難しいと言った。
「私たちからもニコ様に現状を報告して入るのですが、サーガ様の仰るように援軍は難しいようです」
ユーイさんはそう話して肩を落とす。厳しいのは理解したが、すべてが改善するのを待つわけにはいかない。天使は殺されないと聞いてはいるけど、一人で知らない世界で魔族に囲まれているのを思えば、一日でも早く合流するため足掻くしかないだろう。
その後ユーイさんによる授業は続き、魔法の話や武器の話に人種の話など情報の洪水に飲み込まれる。
すべてひっくるめて考えた結果、やはり自分が強くなるのがどんな方法より一番早いと理解した。授業よりも修行だと考え、脳みそは疲れていたもののサーガさんに稽古を頼み、中庭をお借りして夕飯まで稽古を付けてもらう。
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