初めての町
たしかにドレスを着たお金持ちそうな人だとは思ったが、兵士たちに名前を呼ばれるほどの有名人だったと知り驚く。
負ぶっている女性は兵士たちに事情を説明すると、血相を変え一礼した後で待っててくださいと言って離れて行った。
「おおユーイ! いったいなぜこんなことに!」
しばらく待っていると兵士たちを引き連れて、小太りで装飾の凝った服装をした頭髪の寂し目の人がやってくる。
「お父様!」
涙声で女性が叫んだのを聞き彼を見て安心したのだろうと考え、ならば一刻も早く近くへ行きたいだろうとゆっくりと腰を下ろし、降り易くしてみた。
ゆっくりと背中から降りると父と呼んだ人物へ駆け寄り、再会を喜んでか抱擁する。早速良いことが一つ出来て良かったと喜んでいたところで、手に持っていた三鈷剣は粒子となって消えてしまった。
―お前の行いはまだ未熟ではあるが、良き者であろうとする意志はしっかと見届けたぞ。これからは必要な時に剣よ来いと呼ぶが良い。
貸して頂いた物なのにどうしようと慌てていたところに、頭に声が飛び込んでくる。どうやら必要な時以外はどこか別のところにあるようだ。心の中で感謝の言葉を述べていたものの、皆の視線がこちらに集まってしまった。
「彼はつい先ほど丘で見つけた記憶喪失の少年です。どうやら魔法の類を使うらしく」
「何!? では例の古文書に記された勇者とは君のことか!?」
不審に思う人たちにサーガさんがフォローしてくれている途中で、ユーイさんの父親が会話を遮り驚きながらそう言ってくる。こちらは何も聞いておらず、サーガさんは何か知っているかと思い見るも首を振った。
どういうことなのかたずねてみると、先日町の図書館から古い本が見つかり、そこに今消えた剣の話が記載されていたという。
”光り消える剣を持ちし少年現れし時、人々を苦しめる魔王を倒し囚われし者を救うであろう”というものだった、そうユーイさんの親父さんは語る。
思いっきりさっきの出来事と合致しており、あまりにも都合が良すぎるなと思った時に、サーガさんのいう神様が頭を過ぎった。
神様に怒りを抱いていたサーガさんも同じ考えに至ったらしく、苛立ちからかクマの頭を勢いよく掻きむしり、一瞬顔が出てしまう。
年の頃はうちの担任と同じ四十近くに見えたが太った担任と違い、口髭を蓄え引き締まった顔をしており、所々にある切り傷が歴戦の勇士を物語っている。
一つ気になったのがなぜか目を閉じており、精巧なクマのマスクを脱いだからだけではないような気がした。
慌てて被り直したものの、ユーイさんの親父さんたちはサーガさんの顔に驚き、皆で集合しひそひそ話をし始める。
「あ、あの……娘を助けて頂いたお礼もありますので、出来れば当家にお越し頂けませんでしょうか?」
「いえ、先を急ぐので」
食い気味にサーガさんが断りを入れるも、兵士たちまでどうか逗留してもらえないかと食い下がってきた。
いったいなにが起こっているのか分からないが、サーガさんに意見を求められたら答えよう、そう考え苦笑いして誤魔化すことにする。
皆がサーガさんを取り囲み懇願し出し収拾がつかなくなり、どうするかと彼から意見を求められたので、無下にするにはもう厳しい気がしますと答えた。
空を見上げて唸った後でそれもそうだなと呟き、少しだけ世話になる少しだけなと念を押して、親父さんたちに告げると歓声が起こる。
ここまで事情が一個も飲み込めない為、のどに詰まり過ぎて混乱しそうになるけど、今は流れに任せようと自分を落ち着かせた。
羂索で捕らえた悪人を兵士の人たちに引き渡し、ユーイさん親子と共に町の中へ入っていく。
先ほどまでの景色から一変するように文化が流れ込んでくる。歩きながら周りの景色を見ていると、世界史の教科書にあったような石やレンガの家が並んでいた。
所々に井戸があり、道行く人も身分によってか服装も様々だが、元の世界のような恰好の人はいない。
犬や牛などはあまり変わらないように見えたものの、ラクダとも恐竜ともつかないようなものが馬車を引いていたりと、やはり大分違うなと感じる。
「仁太はいくつだ?」
「十五です」
「落ち着いてるな……無理してないか?」
ユーイさんの親父さんに先導され屋敷へ向かう途中聞かれ、年を答えると心配されてしまう。落ち着くなんてとんでもないです、驚き過ぎて消化不良を起こしてるだけですと素直に伝える。
「まぁそうだよな。あの世界とここじゃ違い過ぎるからな。本当はそこを説明したりしたかったんだが……それはまた後でゆっくりするから心配しないでな」
心配してもらって申し訳ないなと思いつつ、ありがとうございますと感謝の言葉を伝えた。少し歩くと広い場所に出たがそこには露店が立ち並んでいて、人間以外の種族の人たちもおり呼び込みをしている。
とても賑やかで活気があり楽しそうに見えたけど、ふとサーガさんのこの世界は悪い奴らが強い、と言う言葉が頭を過ぎった。
悪い奴らとは先ほどの襲ってきたような連中だけでなく、神様は天使は魔王に捕まっていると言っていたので、もっと強力な敵が存在するのだろう。
強敵から町や生活を護ってきた人たちと比べ、自分はとんでもなく貧弱だ。今の実力で勇者なんて呼ばれるのは心苦しい。
参ったなぁと思いつつ大通りを過ぎ、先の方に見える大きな屋敷が私の家ですと親父さんは教えてくれる。
勇者の件は勘違いか別の人のことだと言おうとしたところで
「敵だ! 敵襲だ! 魔王軍が出たぞ!」
突然後方から大きな声が飛び込んできた。なにかの群れではなく魔王軍と聞いて驚きサーガさんを見ると、彼もこちらを見ていて頷く。
天使を捕らえている連中ならば、誰か一人くらいは彼女のことを知っている筈、そう考え足は自然と声の方へ向く。
「行きましょう、サーガさん!」
「良い気合いだ!」
実力諸々は今直ぐどうしようもないが、手をこまねいて見ていても何にもならない。立ち向かい成長し一日も早く天使を助けるんだ、そう覚悟を決め走り出す。
読んで下さって有難うございます。宜しければ感想や評価を頂ければ嬉しいです。