敗走する勇者
「準備が出来たらいつでも撃ってくれてかまわないよ。僕はここを動かないから」
魔王はそう言って目を閉じ両手を広げ、少しするとうとうとし始めた。サーガ先生を挑発しようとしているのかと憤ったものの、先生は惑わされずに気を高める。
それまで無風に近かった場に強い風が巻き起こり始め、呼応するように先生の発する湯気も大きく広がっていく。
先ほど受けたダメージがまだ残っていて堪えることが出来ず、風に流されてしまった。かなり遠くまで押されたところでやっと止まったものの、今度は浮遊状態が解除されたのか降下し始める。
ゆっくりと着地し歩いてでも近付こうとしたけど、足の踏ん張りがきかずそのまま膝をつく。急いで立ち上がりたいところだが、今は回復に専念しフォロー出来るようにするべきだと判断し、気を操る技術で身に着けた呼吸法を行う。
丹田と呼ばれる場所に意識を集中させ、余計な動きは一切しない。そうすることで生命エネルギーの増幅と回復が通常よりも早くなった。
教えてくれたサーガ先生は、大技を放っても一瞬で気を回復させてしまう。迦楼羅炎を放つのであればこれくらいは出来ないと厳しいぞと言われ、それ以来早く熟練度を上げるべく、日常生活でも呼吸法を意識している。
「な、なんでだ……」
先生に教えられた方法は間違っていない。毎日稽古の時にチェックを受け、間違いないとお墨付きも頂いていた。通常であれば急所に入ったかもしれない一撃でも、傷がついたとかでなければもう回復で来ているはずなのに、まったく回復せず立ち上がれない。
こんな時に未熟さが足を引っ張るなんてと自分を憎みそうになるも、どうにもならないことに気を回す暇はないと切り替え、回復に専念する。
風は中心地から離れた場所でも音が鳴るほど吹き荒れ、台風の中にいるような状態に変化していた。まさかこんなに凄いことになるとは思わず、どうなっているか見たくて焦って呼吸が乱れかける。
なんとか立てるようになるまでになり、風を感じながら戦闘の始めの状態に戻れるように回復を続けた。
「仁太さん」
風は徐々に強さを増して行き、立っているも力がいるようになり始める。丁度回復も完了しサーガ先生の下へ行こうとしたところ、不意に後ろからユーイさんの声が聞こえた。
目を開け振り返ると彼女がおり、どうしたのかと尋ねると及ばずながら援護に来たという。申し出はとても嬉しかったけど、誰かを背負って戦って勝てるような戦いではない。
情けない話自分にはユーイさんを護りながら、魔王と戦う自信がありませんと告げる。彼女は怒ったようで、私はあなたよりも魔法の勉強をし司祭にまでなったんです、そう語気を強めていった。
僕は十五ですがユーイさんはと尋ねるも、目を丸くした後で逸らし答えない。なぜだろうと思い首をかしげていたところ、年齢なんか関係ないじゃないですかと怒られる。
「待たせたな魔王……これが俺の超必殺技……千刃風神拳!」
謝罪しているとサーガ先生の声が聞こえ、それまで大きく広がっていた気は収縮した。危険だと野生の勘が察知し、すいませんと断りを入れるとユーイさんを前に抱え、一目散にその場を離れる。
シャッと何かを斬る音が背後から聞こえたので一瞬見たが、無数の刃が風に乗り魔王に襲い掛かっていた。
「あれではさすがの魔王も……!」
ユーイさんはそう言って少し声を弾ませたけど、なぜだか駄目な気がしている。相槌を打つこともせず走り続け、森との境まで来ると彼女を下ろし直ぐに戦況を確認するため、サーガ先生と魔王がいるところを見た。
「もう良いかい!? 君の全力ってやつはさ!」
魔王は機嫌が良いらしく、距離のあるこちらまで聞こえるほどの大声で尋ねる。見れば傷一つ負わず顔色も良い。先生の全力なのにと思いながらも、それほど動揺していない自分に驚く。
異世界に来てからずっとサーガ先生に面倒を見てもらい、戦えるようにもしてくれた恩人だ。これからもお世話になりたいし、天使を助け元の世界へ帰る際には、見送って欲しいと思っていた。
まだこんなところで別れたくない、そう思い先生のところへ行きますとユーイさんに告げ駆け出す。
「なぜだ……なぜダメージ一つ負わない!?」
「そうだね、世代交代して君に力が無くなったことが大きいよ。加護によって素人にブーストが掛かり、僕たちと同列レベルまで引き上げられていたんだ。君的に言えば新入社員がベテラン部長と同じ仕事が出来る、とでも言えば分かりやすいかな?」
「サーガ先生!」
「どうやら最後の観客も来場ことだし、これで御終いにしようじゃないかサーガくん! これが本職の魔法だ……仰ぎ見ろ! 666!」
魔王は両手を時計回りにぐるりと回し始めると、それに合わせて風や土そして火や水が腕の後を追って現れ、頭上に両腕がそろうと同時に前へ突き出した瞬間、すべてが合わさった獣が手から放たれる。
「ああ……私たちの町が……」
徐々に巨大になり先生を飲み込んだそれは止まらず、町をも飲み込み地鳴りがするほどの音を立て着地すると爆発した。追いかけてきたユーイさんは並んでそれを見て絶句してしまう。
「仁太くん! ここからは競争だ! 君が私のところへ来るのが早いか! それとも私が君のところへ行くのが早いか! 楽しみにしているよ!」
爆風には水も火も土も混ざっており、このまま受けては不味いと感じ気を張り、ユーイさんを抱えて走り出す。
逃げるこちらへ向け魔王は声を弾ませてそう告げる。正直このまま直ぐにでも魔王を追って戦いたいけど、そんなことをしたら先生はなんのために戦ったのか、分からなくなってしまう。
先生を失った悲しさと共に、自分に対する情けなさや怒りを抱えながら、ただひたすら魔王に背を向けて逃げるしかなかった。
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