底知れぬ魔王
「剣よ、来い!」
「おや、やる気満々で結構。実力を見たいと思っていたんだ」
目を細めて微笑み、魔王は右人差し指を立てる。何をしてくるかは分からないけど、相手に先手を取られたら負けると考え、偽・火焔光背を呼び出しつつ塀の縁を蹴り斬りかかった。
「僕の気配に怖気づいたかと思ったけど、理屈を超えて気力と正義の心? とかでねじ伏せるとは、実に勇者っぽいね」
サーガ先生に鍛えてもらった剣技で斬りつけるも、鼻歌交じりに右人差し指だけで捌かれる。強さに驚愕し出来れば逃げたい気持ちを抑え込み、全力で斬りつけ続けたけど一太刀も浴びせられない。
怯えていることを引いたとしても実力差があり過ぎる、それは攻撃している自分が一番分かっていた。
ここにきてようやく朝からあった寒気や足が動かなかったのは、モンスターたちと戦って磨かれた野生の勘によって魔王を感じ、本能が戦うのを拒否していたからだと気付く。
例え実力が無いとしても皆が自分を勇者と呼んでくれたからには、期待に応える戦いをするべきだしなにより皆で頑張って復興させた町を、また破壊されるのだけは許せない。
差があるとしても決意と覚悟と気合を込めた攻撃をし続ければ、必ず一撃当てられる。勇者と言えば諦めないのが代名詞だ、と漫画で読んだことがあったのでそれに倣おう。
「気合は買うがね……君は向こうで剣道をやってたのかい? でなければ他にもっとやることがあったはずだが。黒騎士くんが言うように教師としてこれは失敗だ、理解しているのか? ジ……いや、今はサーガとか言ったか? 元勇者くん!」
頭へ振り下ろした剣の剣腹を指で押し、体から逸れたのを見もせずこちらへ向け指を付き出してくる。
外れた勢いのまま倒れ込み避けようとしたものの、いつの間にか指は脇の下へ入れられ、ぐいと押されると吹き飛ばされた。
「仁太、遅れてすまない」
「サーガ先生……!」
ドスンと何かにぶつかって止まってすぐ、サーガ先生の声が聞こえ一瞬喜んだけど、鍛えてもらったのに手も足も出なかった情けなさで目を合わせられない。
ゆっくりと抱えられながら移動し地面に下ろされ見たが、魔王がいるというのにいつも通りのサーガ先生がそこにはいて、やっぱり先生は凄いやと感激する。
「お前も黒い鎧も抽象的なことばかり言うな」
「そりゃそうだろ? ヒントだもの。答えを教えて欲しいなら対価が欲しいね」
「今ここで魔王を倒せば必要無くなる」
「力を失い地に落ちたお前に私が倒せるのか? そうであるなら見てみたいものだがね」
どちらも凄い人物なので勝敗は分からないと言いたいところだけど、先生が勝つ。先生が勝てばこの生活も終わりになってしまうものの、皆が笑って暮らせる世の中になる方が大事だし、天使も待たせていた。
「仁太、よく聞いてくれ。俺と魔王が戦いを開始したら、お前は町の皆を引き連れて山へ逃げるんだ」
「せ、先生!? 何を言ってるんですか!?」
「良いからそうしてくれ! 頼んだぞ!」
「そうしなさい萩野仁太くん。私は君を殺すつもりはないけれど、この町は壊さなきゃならないんだ。町民をいくらか殺しても構わないが、虫を潰す趣味は無い。代わりにこの元勇者の命をもらう」
「やれるものならやってみるが良い!」
「先生!」
「仁太さん!」
後に続こうとしたところで、後ろからユーイさんが呼ぶ声がする。振り向くと門が崩れた場所にいて、青ざめた顔で手招きしていた。
誰かが下敷きになったのかもしれないと思ったが、サーガ先生の助太刀に行きたい自分がいる。先生がいくら強いとはいえ、手合わせした魔王は底が見えないほど恐ろしく強い。
勇者として剣を授けてくれた人の願いとしては、直ぐに助けに行くべきだと分かっていたけど、気持ちは戦いへと向いており動けずにいた。
「ごめんユーイさん……僕は」
「仁太! 彼女のところへ行くんだ!」
謝罪しながらゆっくり後退りしサーガ先生の救援に行こうとするも、先生からユーイさんのところへ行くよう言われてしまう。
「わかりました……わかりました先生!」
自分のことで余計な気を遣わせてはまともに戦えない。これ以上煩わせては駄目だと思いそう答え、急いで門が壊れた場所へ移動する。
着くとユーイさんから父が石の下敷きにと言われ、急いでその場所へ行くと町長が潰されており、皆にも協力を頼んで周囲の石を退けていく。
「おいおい仁太くん! そんなのんびりしていては僕が眠くなってしまうよ! 気を操る技術を習ったんじゃないのかい!?」
魔王から急かすように言われ、なぜ知っているのかききたいところだったが堪え、気を発し両腕に集中し纏わせ石を一人で退けていった。
「ほら見ろ元勇者くん! 彼は君が苦労した技術を君以上に器用に使いこなしているじゃないか! アレを見てもまだ君は間違いを認めないのかい!?」
「黙れ!」
なんとか町長の上に乗っていた石を退け、すぐに気を体に当てて回復を促す。少しすると町長は気が付き、誰か肩を貸してあげて欲しいと頼む。
近くにいた獣人とエルフが肩を貸しゆっくり起き上がらせる。屋敷に行こうとしたので直ぐに止め、山に行くよう促した。
「ふふん、遅かったけど軌道修正は成った訳か。まぁそれなら及第点と言ったところかな。仁太くん、私はこの町を破壊した後城に戻るけど、魔王軍はシャイネンへ向けての進軍を、そう遠くない時期に開始する。それを君がニコ・ノガミに伝えてくれたまえ!」
「ユーイさん、皆を連れてシャイネンとか言うところへ向けて撤退してください」
「仁太さんは!?」
先生に言われたならまだしも魔王に言われて従う必要はない。救護が必要な人をすぐに助け終えた後で、ユーイさんにそう頼み背を向ける。
「勝てないからって逃げてたら、勇者じゃないじゃないですか……後を頼みます!」
「仁太さん! 行っては駄目!」
彼女の悲痛な叫びを背に受けながら、魔王と先生が戦う戦場へ走り出した。
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