魔王降臨
「飲み込みが早いな仁太は。才能があるようだ」
並行して行われた気を操る技術の稽古は、四苦八苦しながらも少しずつ進んで行く。少し経った頃にサーガ先生に見えていた湯気が自分にも出始め、彼は頷きながら褒めてくれる。
出てきた湯気を手ですくったり纏めたりする方法をその場で教わり、感覚が合ったのか数日でそれなりに出来るようになった。
元の世界とはまったく違う環境での学びと運動部より厳しい稽古で、正直体だけでなく精神的な疲れも蓄積しいた時期だったけど、物に出来た喜びで叫び声をあげ喜んだ。
習得することが嬉しく調子に乗って遊んだりしても、サーガ先生は叱らず優しくたしなめつつ共に遊んでくれる。
懐の深い指導のお陰で稽古は本当に辛かったが、めげたり後ろ向きになることは無かった。町の人たちにも励まされながら、町も次第に活気を取り戻していくのを見て、未来に希望を持ちながら日々を過ごせている。
自分は勇者だとは今も思えなかったが、最大限の努力を積み重ね町の人たちの為、指導してくれるサーガ先生の為、何より天使を助けるためにも強くなろうと精進した。
「おーいステートの町の皆さん! 竜神教の司祭さん! そして勇者くん! ちょっと北の方においでよ! 魔王様が来たよ!」
気を操る技術にも慣れ、いよいよ風を出す方法へと進もうかという話になっていた、ある日の朝
朝起きた時から寒気が止まらず風邪かなと思っていたところへ、メリンの時と同じように大きな声が建物を揺らしながら響いてくる。
魔族はあの方法が通常なのだろうかとか呆れつつも、声が聞こえた後から体まで震え出した。稽古も厳しかったので風邪を引いても仕方ないな、なんとか堪えながら頑張ろうと切り替え、いざ声の主のところへとベッドを出ようとした時、足が動かず体だけ出てずり落ちてしまう。
まさかこんな重要な場面で風邪以上の重症とはツイてないけど、魔王が態々出向いてくれたのだから行かない訳にはいかない。
運が良ければ魔王を倒して天使を救い、元の世界に帰れるかもしれないと気合を入れ部屋を出る。
「仁太さん」
ユーイさんが杖を持つながら部屋の前で待っており、頷き共に屋敷を出るべく玄関へ向かった。サーガ先生はと聞くもどうやら魔王の前に南に魔族が現れ、単独で処理に向かったと教えてくれる。
先生を吊り上げるための作戦だとするならば、魔王の呼びかけに入っていなかったのも納得だ。気温は過ごしやすいはずなのに流れる汗をぬぐいつつ、玄関を出て北門の上へ向かった。
町の人たちも心配で屋敷に戻ってきており、大丈夫です僕が対応しますからというも、一緒に行くと言って聞かない。
魔王を待たせるのも怖いので、逃げて下さいと言ったらすぐに逃げて欲しいと告げ、皆で門へ向かい歩き出す。
「ヤッホー! やっと出てきた遅いよ仁太くぅん!」
前回登った時と同じように門の脇の扉に入り、ユーイさんや町長と共に塀の上に登り前を見て驚く。魔王と聞いていたので、メリンをより強そうな感じにした姿を想像していたものの、目の前に浮いていたのはスーツ姿で金髪碧眼、無精ひげを生やした四十代くらいの男だった。
「そんな分かりやすく驚いてくれるなんてオジサン喜んじゃうなぁ! こないだはメリンが世話になってどうも! 君なかなかやるじゃん! 日本人だって本当かい!?」
通販番組みたいなノリで話しかけてくる男に対し濃いなと思ったが、それ以上にメリンや黒騎士アークを超えるほどの、禍々しい気を発しているのが見えて声も出せない。
「おやおやシャイだね日本人は! でもそれじゃ困っちゃうんだよな! 魔王とお話ししてくれないと……この町破壊しちゃうよ?」
「逃げろ!」
右手を掲げた彼の手が黒い煙に包まれたのを見て、皆に逃げるよう促したが間に合わず、魔王の手は振り下ろされる。
黒い煙は手から離れ門へ飛んで直撃すると粉々に粉砕してしまった。石を積み上げ頑強に組み立てられた門をあっさり破壊したのを見て、驚くことしか出来ない。
「良いねぇ君、そうやって素直に驚いている所はとても好感が持てる……っとそうだ、そんな話をしに来たんじゃなかったんだ」
「な、何をしに来た!」
「ようやく声が出せたねそうこなくっちゃ! 僕が君に聞きたいのは色々あるんだが……先ずはクロウ・フォン・ラファエルを知っているかってことなんだけど」
魔王の問いに対し首を横に振る。サーガ先生からクロウという名は聞いたけど、フルネームが逸れ出会ってるかは知らなかった。
こちらの回答に不満が無いようで頷いた後で、君は天使彩乃とどういう関係か聞かれる。
素直に同じ学校に通い通学電車が同じだと答えると、これにも頷き会話が途絶えた。
「まぁこちらが収集したデータ的にも齟齬は無いようだね。それにしてもそれだけであの女の子を助けようとするなんて、やはり君は勇者の素質があるらしい」
しばらく目を閉じ腕を組んで頭をもたげた後で、魔王はそう言いながらゆっくりと笑顔でこちらを見る。
話の内容や見た目からして、彼がこの世界の人間でないことは明白だった。同じ世界から来たにも関わらず、魔王を名乗りまたそれに相応しい力を持っているように思える。
どういうことなのか問いかけたいところだったが、それより天使を助けることが最優先事項なので、返してもらいたいとストレートに要求した。
「返したいのは山々なんだがね、僕にも叶えたい願いがあるんだ。それの為には彼女に協力してもらわないとならないから、返すことは出来ない」
「願いってなんだ!? この世界の人たちを苦しめることか!?」
「ある意味では正解だ。話せば長くなるんで端折るけど、僕は悪魔になりたくてこの世界に来たんだが、もう飽きたから元の世界に帰りたい。その願いをかなえるためにあのお嬢さんを人質に取り、クロウをここに呼び出したいんだよね」
悪魔になりたくて来てなって、なって飽きたから帰りたいという言葉に唖然とする。そんな気軽に行き来できるものなのか問うも、それがクロウに可能だから呼びたいんだという。
「孫娘を人質に取って大分経つのに、彼は接触もしてこないなんて冷たいよねぇ。こっちとしてはさ、もう飽きてるから一刻も早く帰りたいんだ。で、呼び出すためにはどうしたら良いかって考えた時に、黒騎士くんから提案されたんだ」
何をだと聞いたところ、とある異世界転生者の魂の確保だという。捜索するにはステートの町が邪魔であり、今日は雑談ついでに潰しに来たと歯を見せながら魔王は笑った。
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