黒騎士の仕草
明るい感じで会話のやり取りをしていたが、その間に少女の体から湯気のように黒い煙が立ち、それは徐々に広がってこちらに近付いてくる。
最初はこちらも笑顔で話していたものの、煙の広がりに反応するように次第に冷や汗が出始め足が震え出し、塀の縁に手を突いてなんとか立っている状態になってしまった。
「あら可愛い勇者様。私如きに震えていては、魔王様の前には立てないわよ?」
出来れば気の利いたセリフを言いたかったけど、声を出すことも出来ず微笑むことしか出来ない。たしかに彼女の言う通りで、魔王の部下ともまともに口を聞けずたってもいられないのでは、戦うことなんて夢のまた夢になってしまう。
「何をしているメリン」
突然彼女の隣の空間がガラスが砕けるようにして割れ、そこから先日建物の陰に潜み攻撃してきたあの黒い鎧が現れる。
「これはこれは黒騎士アーク様、わざわざこんなところまで何用で?」
まさかコイツとも戦うのかと思っていると、黒騎士アークと呼ばれた黒い鎧は、メリンと呼んだ少女を蹴り飛ばした。
凄い勢いで西へ飛んで行ってしまい、味方なんじゃないのかと驚いていると彼はこちらに近付いて来る。
遠くからでも凄い圧を感じたのに、目の前まで来ると心臓を掴まれているような感覚に陥ってしまい、呼吸も上手く出来なくなってしまった。
「まさか俺を間近で見て感じただけで、そんな情けない状態になるとはな。魔王様に挑もうなどと考えるのも烏滸がましい。余程教師が良くないとみえる」
「サーガ先生のせいじゃない! 僕がもっと強ければこんなことにはなってないんだ!」
父以外初めて尊敬できる大人だと感じたサーガ先生を馬鹿にされた、その怒りが圧に勝り言葉が口から出てくる。
「……なるほど、それでは魔王様どころかあのガキにも負けるな」
「どういう意味だ?」
再度抗議しようとしたところでサーガさんが前に出て、アークに問いかけたが鼻で笑いながら腕を組み俯き、直ぐには答えなかった。
少し間があった後で右人差し指で二の腕辺りを叩き、しばらくして大きく息を吐く。彼の仕草をどこかで見たことがあると感じていたが、懸命に考えた末に良太が同じようなことをしていたのを思い出す。
勉強を教えてくれる時に中々答えが出てこないこちらを見て、あの仕草をしたあと仕方ないなと言って解き方を教えてくれる。
なぜ異世界でそれも魔王の仲間が彼と同じことをしているのか。圧とは違う言いようのない恐怖心が冷や汗を増やしていく。
「そのままの意味だ……今はサーガとか言ったか? 元勇者よ。お前は生意気にもミシュッドガルド氏と同じ技術を習得していると聞いたが、何も見えていないようだ」
「理解出来ないな」
「魔術師でも無ければ魔法使いでもないお前に説いたところで、詮無きことだったか……いや、それでは興が削がれるな。仕方がない、くだらない行為ではあるが教えてやろう。クロウのジジイがなぜお前をコイツの師として付けたか今一度よく考えてみろ」
「クロウを知っているのか?」
「この世界の創造主を知らないでゲームには参加出来んよ……まぁお前は強引にねじ込まれたのだから知らんでも無理はないのだろうが。とにかくヒントはくれてやったのだから、少しは考えろ。まぁもっともあのガキとの戦いを生き残れればの話だがな」
「待ってくれ!」
話は聞いているし復唱もある程度出来る自信があるものの、今はそれ以外に聞きたいことがあった。先ほどしていた仕草はなにかと聞いたところ、ただの癖だと素っ気なく即答する。
次いで阿久津良太を知っているかとたずねるも、少し考えた後で異世界人を何人も葬って来たが、その中にいたかもしれないなと声を上擦らせながら答えた。
明らかに挑発されているのは分かっていたけど、良太が殺されたかもしれないと思うと、怒りと悲しみで自然と体が動き塀の縁を蹴って飛び殴り掛かる。
あと少しで顔面を捉えられるというところで、見えない壁が突き出した右拳を遮り相手に手首を掴まれてしまう。
「愚かな真似を……それではやはりここで死ぬしかないな」
「黙れ!」
「少しは冷静に考え判断し動けるかと思ったが、見込み違いだったようだな。捕えている姫はジジイも言っていた通り死にはしない。魔王様の用が済めば終わるから、心配せずにこの世界で朽ち果てるが良い」
哀れむように言った後で手首を掴まれたまま振り回され、しばらくして離され飛ばされた。良太を殺した憎い相手かもしれないのに、掴まれた時に手を伝ってきた感覚は……。
「仁太!」
サーガ先生の声が聞こえると同時に手を掴まれる。見れば塀の上へ戻されており、明らかに倒そうとして投げたのではないのが分かり、そうなのではないかと思うと共になぜなんだと憤った。
まだ彼だとは決まった訳ではないが、間違いないならなぜこの世界にいて魔王の手下をやっているのか、それがまったくわからない。
自分の知っている阿久津良太は弱い者いじめをするどころか、悪いことをしているなら同級生だろうと上級生だろうと、お構いなしに諭す自慢の幼馴染である。
よくよく考えてみれば、阿久津良太なら魔王の味方などする訳がない。他人の空似かもしくはこの世界の似た存在、そんなところなのだろうきっとそうに違いないんだ。
「しっかりしろ仁太、敵が来るぞ」
「え?」
心の中で必死にそうでない理由を探しているところで、サーガ先生の声が掛かり前を見ると森との境目にいたモンスターが、町を目指して進軍を開始していた。
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