この地域の事情
これまで父親以外の大人に対し、明確にあこがれとか尊敬とか持ったことは無かったけど、目の前の変な格好をした人物にはそれを持てる気がする。
もう一度感謝の言葉を告げ、これからも頑張りますのでよろしくお願いしますと頭を下げた時、不意に掌が頭に置かれた。
突然のことに驚いているとその掌から暖かいものが発せられ、体を覆いつつ徐々に疲れが消え去っていくのを感じる。
「これで良いだろう。ゆっくりと休ませてやりたいところではあるが、君が助けたい女の子の為にも一刻も早く強くならねばな」
言葉を聞く限りサーガさんが何らかの方法を使い、全快してくれたらしい。回復魔法かなにかですかと問うもそれとは少し違うという。
他人を回復させる力が覚えられたら、戦いの中で負傷者を見つけた場合に直ぐに助けることが出来る、そう考えて教えて欲しいと頼んだ。
いつもなら素早く回答してくれるサーガさんだったがこの時はしてくれず、腕を組み視線を外し小さく唸った。
「理解は難しいと思うが説明するとお前に施したのは復気という技で、生きている人間なら誰もが持つ生命エネルギーを技術で変換し、分け与え回復させたのだ」
少し間があった後でサーガさんがこの世界に来て学んだ師匠の、さらに師匠の師匠が考案したものであり、対魔法使い専用の技の中の一つだと教えてくれる。
最初に見た拳を突き出し風を起こすのもそうですかとたずねたが、その通りだと答えた。この世界の魔法使いにとっては天敵のような技であり、通常は防げないようだ。
魔族と戦っていくならその技を覚えていれば、この先有利になるのではないですかと問うも、確実にそうとは言えないという。
「以前までは生まれつきの魔族などというのは存在しなかったからね。これから効くかどうか旅の中で試していく他無い。それよりも今は君は体力を付けて剣を学ぶ方が先だと思う」
人助けに繋がるかもしれない技を知ったからには、是非とも教えてもらいたいと食い下がるが、変換する技術はそれこそ生命力が弱い者には無理だと言われる。
剣を学びながら体力も付け、生命力が上がってきたその時には考えると言ってくれたので、これは一日も早く教えてもらえるよう頑張らねばと気合を入れた。
相手を回復させる技術を手に入れることが出来れば、天使を助けに行った際彼女が怪我をしていても助けられる。
魔王に囚われているのだから安全であるはずがないし、あと少しで助けられるというところで怪我をしないとも限らない。
考えられることはなるべく対策しておき、万全を期して彼女を助け出したかった。
「あの、お邪魔しても宜しいでしょうか」
気合を入れていると部屋のドアがノックされ、ユーイさんの声が聞こえてくる。サーガさんがこちらを見たので判断を任されたと考え、話も一段落していたのでどうぞと答えた。
すまなそうに入ってきた彼女に対し、どうしたんですかと尋ねたところ突然頭を下げられる。驚きサーガさんを見るも同じようにわからないらしく、首をかしげていた。
「ユーイさん、どうかしたんですか?」
「いえ、その、あの、申し訳ありません! 本来でしたら私が対応せねばならないものを一度ならず二度までも……」
中々頭を上げない彼女に対し再度聞いてみたところ、事情を説明し始める。ここステートの町は竜神教が人類の人口増加に対応する為、開拓をするべく出来た町だという。
自分は竜神教の司祭でありこの地域の管轄にもかかわらず、手をこまねいてばかりで何も出来ずに申し訳なく、心からお詫びしますとまた頭を下げた。
ユーイさんとの授業で竜神教という名前は勿論出て来たが、古くからある宗教という以外詳しく教えてくれない。
彼女だけならまだしもサーガさんもその件に関しては、聞いてもはぐらかすばかりで今日まで来ている。
「竜神教というのはこの世界では大手なんですか?」
「普通に機能している宗教としてはその通りだな。元は竜族が人間を支配するために起こした宗教だったが、ヤスヒサ王によって竜は討伐された。しかし信者が多すぎて無くしては新たな邪教を生み出しかねないとして、彼により改革が行われ今に至っている」
そもそもの話ヤスヒサ王がさっぱり分からないので、凄いなという感想しかないかった。なんでこんな話になって、さらにユーイさんがさっき謝ってたんだろうかと考えた時、司祭でありこの地域の管轄と言ったのを思い出した。
管轄って確か権限を持って支配するって意味じゃなかったっけ?
「竜神教の司祭と言えば幹部であり、この地域の管轄というなら権限を委任されている立場ということになる」
「本当に何と言って謝罪して良いか……ただ謝ることしか出来ません」
「ぼ、僕と同じくらいに見えるのにそんな凄い人だったんですね……す、すみません! 知らずとはいえ馴れ馴れしくしてしまって!」
「と、とんでもありません! こちらこそすみません!」
「いや、二人ともそれはもう良いから。なるほど、悪党や魔族があなたを狙ったのは町長の娘だから、という以外に理由があったのですね?」
サーガさんの問いにユーイさんは小さく頷く。なぜそれを教えてくれたのかと聞くと、魔族が襲ってきているのは勇者の自分のせいかも、そう気に病んでいたら申し訳ないなと思ったからだという。
魔族が発生した理由も分からないが、こちらを襲ってきている理由も分からない。間違いないのは竜神教をターゲットにしていることだと彼女は言う。
というのもここの他にも人の町はあり、そこには竜神教ではないもののノガミ一族がいるのに、ステートの町だけを狙ってきていると話す。
最近よく聞くノガミ一族とはなんなのか改めて聞いたところ、シャイネンからさらに東にある大陸の、ネオ・カイテン及びネオ・カイビャク領を統一したヤスヒサ王の一族らしい。
そういえば魔族が、お前はノガミかサガラかと言っていたのを思い出し、この際だからと聞いてみるもユーイさんはサーガさんをじっと見る。
「なにか?」
「え? あの、教えても宜しいので?」
「別に?」
なにか妙な空気が流れ、部屋の中が止まったような錯覚に陥った。しばらくしてユーイさんは、やはりこの話は今は止めましょうと言い咳払いをする。
「仁太さん、あなたには心からお礼を申し上げると共に、今後も協力して頂けたら嬉しいです」
こちらこそと笑顔で答えると同時にお腹の音がなってしまい、皆で声を上げて笑った。お食事の準備は直ぐできますのでとユーイさんに言われ、皆で食堂へと向かう。
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