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 十二年前、君が生まれると、白黒だった私の世界に色が生まれた。君の肌や髪の毛や瞳の色が、眩しいくらい、周りの景色とは一線を画して私の眼に飛び込んできた。君が触るもの、君が認識するものは、君が色を与えた。それは私にもわかった。ありとあらゆる境界は消え去り、色と色の面の違いがあるだけだった。そんな世界で、君は笑った。煌いて、艶めいて、穏やかな時の中で、その瞬間だけ、この世界のすべての不幸が洗い流されたようだった。

 一か月前、君が死ぬまでは。

 君がこの世界からいなくなってから、世界から色は沈んでいって、代わりに白と黒が現れる。今も私の足元の土の下に、そのかわいらしい顔はそのままにして、棺の中の小さな世界の中で眠っている。雨が染み込めば冷えて、晴れの日にも光の届かない、音のない孤独な世界を想像するだけで、気が狂いそうになる。ましてや君が眠っていることを考えると、なおさらだ。

 君が死んで六日経った日曜日に、私はくるってしまった。頭を掻きむしり、血が出てもなお、ひっかきまわして、爪の間に皮膚が食い込んで埋まって、髪の毛は抜け落ちて、それでもなお傷つけた。君がいない世界に、何の意味もないことに気がついたとき、一秒でも早くこの命と世界が終わればいいと願った。心が張り裂けて、もう声が出なくなるまで絶叫して、もう四日も何も食べていない。しね、しね、しね。君が死ななければならない世界なんて、私が生きている世界なんて、しんでしまえ。

「お父さんは、私の誇りです」

 いつか君が口にした言葉の一つに、そのようなものがあったことを思い出す。君のすべては同一価値で、優劣はないけれど、その言葉だけは、不思議と違和感を抱いた。私なんかが、君の誇りになりうるわけがないと思っていたからだ。

「お父さんは、シルヴェニジスタの花のようです。踏まれても、踏まれる前の構成情報を復元することができる、世界でも珍しい花……。お父さんがつらかったこと、私には話さなかったけれど、私は、理解しているつもりですよ。きっと死にたいと思ったことも、何度もあったでしょう。それでも、生きていてくれてありがとう。私のために、死なないでいてくれたんですよね。ありがとう。私はお父さんが生きていることが嬉しいんです。生きていてくれるだけで嬉しいんです。ありがとう。生きていれば、こうして花を渡すことができるから。花と一緒に私の気持ちも添えて、言葉の代わりに届けてくれるから」

 そうだ、君はそう言ったんだ。

 私は私のやるべきことを思い出した。私は上着を羽織って、外に出た。走った。走ると、呼吸がつらくて苦しくなった。足も自分のものではないみたい。肺が握りつぶされるように痛む。息を吸って、吐いて、それを繰り返して、私は走った。走ったんだ。走ったのは、生きているからだ。もうこの世界のどこにもいない君を探したりはしないよ。だけど、もう一度だけ、君に会う方法がひとつだけあることを思い出したんだ。

 私はシルヴェニジスタの花が咲く丘へたどり着くと、一心不乱に花を摘んだ。右手がいっぱいになったら、左手にもいっぱいになるまで、たくさん摘んだ。それを持って、私はまた走った。君の眠る、墓に向かって。

 私は君の名前を呼んだ。

 返事はなかった。

 あたりまえだと、私は少しだけ笑ったんだ。

 君の墓に花を添えてやった。巨人が小鳥をいつくしむように、やさしく置いてやった。

 もう君に言葉が届かないなら、花と一緒に私の気持ちも添えて、言葉の代わりに贈ろう。

 花を置いた場所から、少しずつ、色を取り戻していくように見えた。


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