1-20 銀と赤
「エラ、ちょっとあなた、何してるの!?」
イライラとした声が響く。振り返ると怒ったような顔のユリア様。何かしてしまったのだろうか。
「えぇと……交流の盛んな国の法律を……」
「信じられない!外国語で法律………じゃなくて!!あなたね、今日がなんの日か、まさかご存知ないの!?」
「申し訳ございません。本日は舞踏会と国の運動強化月間、きのこの日だったかと思いますが、どなたの記念日だったかまでは存じ上げず」
「馬鹿じゃないの!?何きのこの日って!あんたの頭の中脳みそ1000個詰まってるんじゃない!?違うわよ!いや違わないんだけど!今日は舞踏会の日なのー!!!」
良くわからない暴言なのか褒め言葉なのかわからない言葉を吐き出しながら、ユリア様はジタバタし始めた。何をそんなに怒っているのだろうか。
「舞踏会なんだから!準備でしょ!準備!!」
「え……?舞踏会は夕方ですよね?まだお昼………」
「ハッ、これだからにわか貴族は」
どうやら『妾の子』というワードは使わないことにしたユリア様。言葉の毒気が抜けまくっている。
「いいこと?舞踏会は女の戦場。戦場に行く前には今から準備が必要だわ。仕方がないから教えてあげる。ついてらっしゃい」
そうしてユリア様についていったわけだが。私は今、服という服を引っ剥がされて、裸で押さえつけられている。
「ユ……ユリア、さまっ……!」
「ふふ、悪く……ぐっ、ない……でしょ!これがっ……貴族の、嗜み、よ!!」
「ふあっ!」
「んぅー」
「………お嬢様方、マッサージ中はあまりお喋りしないでくださいませ……」
押さえつけるようにマッサージをしているメイドさんに怒られてしまった。ユリア様が口をとがらせてメイドさんを見上げる。
「んっ、なんで、よ!?」
「いらぬ勘違いを生むからでございます…………」
「かん、ちがい?」
「ご結婚されたら嫌でも分かりますわ………」
正直、私もなんの事なのか分からなかったが、メイドさんの様子からして本当に口を閉じたほうが良さそうだ。私は結局なされるがまま、ユリア様と全身ピカピカにされたのだった。
そして、夕暮れが空を染める頃。サラとマリに綺麗に着飾ってもらった私は、久々の―――『エラ』にとっては初めてのドレス姿を、姿見越しに見ていた。
「お綺麗です、エラ様。」
「薔薇の花束のようですね……」
王家からの招待状が届いた日に一緒に届いたドレスは、とても上品で、でもとても豪奢なものだった。
白銀のなめらかな生地に、似た色合いの刺繍と輝くビーズが繊細に埋め込まれたドレスは、裾の方に行くに従いふんわりと広がっている。それもそのはず、膝のあたりから、清楚な白銀の生地を押し上げるようにして、赤い薔薇のような大きなフリルが大胆に広がっているのだ。
それはまさに、薔薇の花束のようだった。
「テオドール様のお色は銀と紫ですから、そのお色かと思ったのですが。情熱的なお色ですね」
「おそらく複数名が銀と紫を着てくるでしょうし、間違いなくこれが正解だと思います」
いつもよりはしゃいだ様子のマリとサラに、二人もなんだかんだ女の子なんだなと目を細める。そして二人は他の小物を準備しに行ってしまった。私はそっと、ドレスと一緒に届いたカードを取り出した。
―――カサンドラの色を知ってるのは俺だけだな テオ
まさかカサンドラの赤い巻毛がフリルで表現される日が来るなんて。思わず笑ってしまった。テオさんのニヤリと笑った顔を想像する。そう、『エラ』ではない『カサンドラ』を知っているのは、テオさんだけだ。
膨らむ華やかなスカートを手のひらで撫でる。赤のフリルを包み込むような白銀。それが、意味するもの。それが分からないわけじゃない。だけど。
カードの文字を指でなぞってから、引き出しの中にしまう。
王太子の婚約者になるべきなのは、私ではない。だから、もらったこの気持ちだけ、心に大切に仕舞って。今日は、なるべく遠くから、あなたを見ていようと思う。
「エラ様、アクセサリーはどうなさいますか?」
「そうね……イヤリングをこれにしたいのだけど、合わせられるかしら」
「これですか?」
首を傾げるサラに、柔らかな笑顔で答える。
「母の形見なの」
私の掌の中で光るそれは、宝石でも何でもない、ガラスの靴のイヤリングだけど。エラが夢に描いていた美しい舞踏会。約束通り、今日はエラに、その美しい会場を見てもらおう、と思った。
コンコン、とドアがノックされる。
「エラ、準備はできた?」
「ジェラール様。はい、準備はできています」
今日私をエスコートしてくれるのはジェラール様だ。カチャリと入ってきたジェラール様は、お決まりなのか何なのか、目を見開くと感嘆の声を口にした。
「……すごい、とても綺麗だよ、エラ」
「お上手ですね、ジェラール様。ありがとうございます。ジェラール様も素敵です」
「本気で言ったんだけどな。まぁ、いいか。行こう、馬車も準備できてる」
す、と差し出されたジェラール様の腕に手を添える。今ではすっかり毒気をぶつけてこなくなったジェラール様は、すっかり優しげな青年だ。この短期間でダンスや社交知識もかなり深めてらっしゃった。もうすぐ学園をご卒業されるジェラール様は、恐らく立派な跡取りとなるだろう。
馬車が待つロナリコフ家の玄関ホールでは、カイオン様と奥様が静かに佇んでらっしゃった。
「準備は滞りないか」
「はい」
すっかり美しい所作となったユリア様とクリストファー様が、カイオン様に綺麗な礼をとった。あれからあの二人は、自ら志願して、基礎からもう一度学び直したと聞いている。
少し大人になったその姿に温かい気持ちになっていると、ふと視線を感じて見上げた。カイオン様の硬質な視線が、私に注がれていた。
「―――行こうか」
2台の馬車に分かれて乗り込み、城へ向かう。カイオン様と奥さまは、別の馬車だ。先ほどの視線が気にはなったが、気にしても仕方が無いと気付いて、そのまま席に座る。流石ロナリコフ家の馬車。とても座り心地がよく、走りもなめらかだ。
「…………エラ、あ、のさ」
「はい?」
ユリア様が何かを迷うように口を開いた。なんだろうかと首を傾げる。ユリア様は何度か口を開いたり閉じたりした後、なんだか悲しそうな顔で私に言った。
「今日、は………いっぱい一緒に、楽しむわよ」
その表情に、あぁ、そうかと、ユリア様の優しさに胸がギュッとなった。今日は、王太子の婚約者選びのための舞踏会なのだ。私がその舞台に上がるつもりがないことを、知っているからだろう。
私は、なんだか嬉しくなって、ユリア様に微笑んだ。
「えぇ、ぜひ。美味そうなケーキがあったら、一緒に食べましょう?」
「しょうがないわねぇ〜」
「ユリア、2個も3個も食べるなよ」
「クリス兄様こそ間違ってお酒飲まないようになさってね?」
「ぐっ………」
馬車の中に明るい笑い声が響く。日が落ちてきた街には、今日もチラチラと雪が舞い落ちていた。
お読み頂いてありがとうございます。
応援してくださった方ありがとうございました!
少しでも楽しい時間をお過ごし頂けたら嬉しいです。
遂に!舞踏会です!!
「ここからどうなるの!?」とドキドキしてくれた優しい読者様も、
「ユリアたんかわいい」と思ってくれたツンデレ派なあなたも、
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ぜひまた遊びに来てください!




