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1-2 先立つものは

「ここは……離れだったのね」


 大きな塀の一角にある、外に繫がる出口を出た私は、壁越しに今居た場所を振り返った。


 手入れされた木々の向こうには、立派なお屋敷が見える。塀の中は、国で一二を争う高位貴族である、ロナリコフ家の敷地だった。


 塀が高くて既に見えないが、私がさっきまでいた家は敷地の端にある離れだ。もはや、あの巨大なお屋敷と比較するならば、小屋という方が適切なのかもしれないが。


 義母と義姉と私は、このロナリコフ家の先代当主の愛人と、その娘だ。先代は女にだらしがなく、私達は囲い込まれた者だったが、当主が交代し先代が亡くなってからは使用人のように離れに住まわされている。私達以外にも愛人とその子はいたようだが、皆今後一切ロナリコフ家と関わらないと書面で取り交わし、手切れ金を貰って屋敷を出ていった。義母と義姉は貴族に未練があるらしく、まだしぶとく残っているが。ちなみに私―――エラは、行く宛もなく、亡き母との思い出が色濃く残るこの離れに残ることを選んでいた。


 現在の当主は冷徹で成果主義のカイオン=ロナリコフ。長身でしっかりとした立ち姿に、整えられた銀髪の壮年のこの男は、現在は国の財務の長をしている。当主を譲り受けてから、ロナリコフ家を一挙に整理し、再び格式高い家にしたカイオンは、一度も離れに顔を見せた事はない。


 先代の血が入った、余所者。それが、私や義母や義姉に対する認識だろう。殆ど会ったことはないので、分からないが。


 立派な母屋をしっかりと見上げる。おそらく、あの立派なお屋敷の書斎か城の執務室で、ご当主様は仕事中だろう。私はもう一度母屋を目に焼き付けてから、決意を胸に街へ向かった。


 私の決意。それは、このロナリコフ家の一員として認められること。


 かつての『エラ』はそんなことを思ったことは無いだろうが―――私はこれまで、国や世界のためにこの身を捧げて生きてきた。もはやそれは私の魂に結びついた私の生き方だ。義母や義姉の世話だけに収まることなど出来ない。しかし、今の『エラ』である自分には、大きな働きをする力も信頼もない。国や世界のために働きたいのなら、力のある貴族でいることが手っ取り早いのだ。なら、さっさとこの血統を生かしてロナリコフ家の一員として認めてもらうのが一番いいだろう。



「………貧乏になると、高く見えるわね」


 街の服屋で値札を見て呟く。


 目標は定まったが、身なりが酷すぎると思って訪れた服屋。もちろん、持ち金など殆ど無い。


 なら、稼ぐまで。


 私は近場で手頃な短剣を買うと、ボロの服のまま街の外の森へ入り、サクッと魔獣を倒した。魔術を駆使し、テキパキと素材化する。


 この国でも魔術はあるけど、元の世界の魔術の使い方のほうが発展している気がする。この世界にしかない魔術もあるけど、素材集めでいったら圧倒的に前世の技術のほうが上だ。だから、大したことのない素材集めも、この世界ならずっとお金になるはずだ。ズシッと毛皮を持つ。処理も完璧。エラの記憶を辿ると、この毛皮はこの世界ならかなり高級品なはずだ。


 森を出て街に入る。魔術は使えるけど、そんなに魔力量は多くないから、ちょっと疲れたな。微妙に腕にかすり傷も負ってしまった。ヨロヨロと街を歩く。換金所を出た頃にはかなり日が傾いて着ていた。―――そろそろ、急がないとかしら。


 その日は服を買うのを諦め、さっと家に帰り魔術も使いながら部屋を掃除する。適当に食事を作ったところで義母と義姉が帰ってきた。


「なぁにこのご飯。あたしこの野菜嫌いなんだけど?」


 早速べシャリと料理が飛んできた。継ぎ接ぎだらけの服にトマトソースが染みていく。


「全く、気がきかない女だね。早く作り直しな、シンデレラ」


「………………」


「っなんだい、反抗する気かい?」


「いいえ?」


 いつもと雰囲気の違う私の様子を感じ取ったのか、三人がたじろいだ。エラ、こんな小物にしてやられるなんて。自分の細く痩せた腕を見る。………大丈夫、これ以上、この身体を蔑ろにしたりしないわ。


「お義母様、お義姉様。ご希望のお食事は何でしょうか?」


「はっ何よ、そんなこともわかん「大変申し訳ございませんが、日によりご希望が変わると思いますので今後は朝食時に夕飯のご希望をお伺いします。本日はこちらにある食材の中で工夫してお出ししますので、例えばお肉の種類やソースの種類をお聞きできれば助かります。お姉様は豚肉と鶏肉どちらが宜しいですか?」


「ぶ、豚肉……」


「ありがとうございます。お義母様はトマトソースとホワイトソース、ガーリックソルトであればどれが本日のお気分ですか?」


「っガーリックソルトで……」


「かしこまりました。食後はコーヒーとお紅茶どちらで?」


「紅茶かしら……」


「畏まりました。すぐにお持ちしますのでテーブルの上に準備したものでお召し上がりになれそうなものは好きにお食べください」


 そして厨房に戻り魔術も使いつつ数分で追加料理を整えると、すぐにテーブルに戻った。


「お待たせいたしました」


「は、早くない?」


「とんでもございません。温かいうちにお召し上がり下さい」


 そしてさっさと食堂を後にする。


 とりあえず今日のところはこんなもんだろう。徐々に主導権を握っていくわ。やれやれと厨房の椅子に座り、残り物とパン、茹でた野菜で簡単に食事をする。お義母様やお義姉様が好むような油っぽい食事ばかりしていたら身体がボロボロになってしまう。


 食後の紅茶を出して、お風呂の支度と洗い物を済ませたら、今日の仕事はこれで終わりだ。お義母様たちがなにか言っていたが適当に返すと黙り込んでいたから、まぁ今日のところは制圧できたんだろう。お転婆王女の侍女経験がここで生きるなんて。


 すべてを終えて、ドサリとベッドに沈み込んだ。


 ぼんやりとした頭の中で、エラの記憶を辿る。この部屋は、エラが母親と暮らしていた部屋だ。純粋で、可愛らしい、穢れのないエラ。優しい母親に、いつか夢は叶うと、だから頑張りましょうと、優しく抱きしめられていた。甘く、幸せなエラの思い出。


 起き上がって、コトリと小物入れの引き出しを開ける。ランプの光にゆらゆらと照らされる、ガラスの靴のイヤリング。エラが大切にしていた、母親の形見だ。


「お姫様になりたかったのね、エラ」


 手に取るとその小さなガラスの靴はひんやりとしていて、飾りでついている繊細なビーズがキラキラと光っていた。エラは、繰り返し母親に言っていた。いつか、舞踏会に行ってみたい、と。母親は言った。いつか、夢が叶うといいわね、と。


「………エラ、貴方がどこに行ってしまったか分からないけど」


 静かな部屋に、自分の声が響く。エラに、聞こえているだろうか。


「―――あなたの夢、私が叶えてあげるわ」


 イヤリングを耳につけて、姿見の前に立つ。そこには、ボロをまとい、でも美しく背筋を伸ばした、可愛らしく、でも強気な表情の女が映っていた。


「夢は努力してこそ手にできるもの。不遇な立場に負けたりしないわ。だって私は―――カサンドラだから」


 夢は必ず叶う。エラに、そう言ってあげられたらどんなに良かっただろう。


 だから。だからこそ。私は立ち止まらない。より良い自分へ。そして、より良い国と、世界へ。


 今日は一歩進んだ。明日はもう一歩だ。


 その夜、泥のように眠りに落ちた私は、夢を見た。この離れの家で、小さなエラが亡き母親と戯れながら天へと登っていく、幸せな夢だった。


お読み頂いてありがとうございます。

少しでも楽しい時間をお過ごし頂けたら嬉しいです。


「強気シンデレラカッコいい!」とサムズアップしてくれた優しい読者様も、

「義母義姉の小物感……」とこの後この話どう続くんかいとツッコんだ方も、

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ぜひまた遊びに来てください!

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