1-13 当主
「入れ」
重苦しく響く声に、背筋が伸びる。
私はゴクリとつばを飲み込み、ドアノブに手をかけた。ギィ、と扉が開く。
当主、カイオン=ロナリコフ。整えられた銀髪は絵姿の通りで、その長身を椅子に深く沈み込ませている。冷徹で、成果主義。その評判を信じさせるには十分な、鋭い眼差しだった。
「その服、殿下に買ってもらったものか」
失礼にならないようにと、高い服を選んだつもりだったが。下調べが済んでいるこの男には、逆効果だったかもしれない。深々と頭を下げる。
「身分違いの真似をし、申し訳ございません」
「は、さすが父上の妾の子だ。別にそれぐらい構わない。出過ぎた真似をしなければな」
その声はひやりと骨身に響くようだった。頭を上げろと言われ、再び見たカイオン様の顔は、やはり笑みの一つもなかった。
「お前は別に、王太子のテオドール殿下の正妻となり、王妃にのし上がろうというわけでは無いのだろう?」
「……はい、身分は弁えております」
「ならいい」
あの日―――髪と目の色を変えていなかったテオさんに助けられた日からずっと、自分に言い聞かせてきた言葉が音をまとって響き、胸を刺す。
そんなのは、分かりきったことだ。私は妾の子。王太子の妻――未来の王妃としては、ふさわしくない。ゆえに、なにもかもここまでだ。そう、自分に言い聞かせてきた。
傷は、浅いほうがいい。
胸をえぐるような痛みに気づかないように、氷のような表情を顔に貼り付ける。
コツコツと机を指で叩くカイオン様は、少し機嫌が上向いたようだった。
「殿下と貧民街で新しい事業を始めたそうだな。利益を出すばかりか、国の環境改善にまで役立つとは、なかなか上手い事を考える」
「過分な褒め言葉、ありがとうございます」
「殿下の側近から貧民街の教育施設の建設を聞いたときは良くある戯れの慈善事業だと思ったが。収益構造や国益も含め申し分ない」
そして、ふぅ、と一息ついたカイオン様は、ジロリと私を睨みつけた。
「殿下の力で一躍有名事業主となった気分はどうだ?」
「……………」
なんとなく、こうなると思っていた。たかが離れに住む小娘に、国益と利益を両立するような新しい事業を始められるわけが無い。誰だってそう思うだろう。
だが、カイオン様は、わざわざ私にけしかけてきた。つまり。
私は、カイオン様にスッとひとまとめにした書類を差し出した。
「こちらがわたくしが始めた事業について、全体像をまとめたものですわ」
「………読めと言うのか?」
「いいえ?ただ、わたくしの事業にご興味があればご覧頂ければと。質問があればお答えします。そちらに書いてある内容は、背景含め全て頭に入っていますので」
カイオン様は再びジロリと私を見ると、ペラリと紙をめくった。
そこからは、怒涛のような質問攻めだった。利益体系に在庫管理、人員配置に品質管理。法規制に原料調達にもちろん財務に関わるところまで。最後の質問に答えた頃には、もう日が傾いていた。
「………他に………ご質問は………」
「………もういい」
心做しか疲れが見えたカイオン様は、ギィ、と背もたれに身体を預けると、ふぅと息を吐いた。
「お前が間違いなく事業主であると確認した」
「お褒めに預かり光栄ですわ………」
私も疲れた。早く座りたい。背もたれずるい。そんな馬鹿げた言葉が頭を駆け巡る。待て待て、油断するのはまだ早い。気合で背筋を伸ばす。
カイオン様は、少し眉間をグリグリと揉んだあと、片手を執務机について、私をじっと見た。
「お前を、ロナリコフ家の者として認知しよう、エラ」
ハッと息を呑む。カイオン様は、やれやれという風に目を細めた。
「世間がお前に注目してきた。そんな時に我が家の離れに押しやられているなどと騒がれては、ロナリコフ家としては醜聞だ。……お前が能無しなら今のうちに街に放り出そうかとも思ったが。ロナリコフ家を名乗るのに相応しい資質を持つ者であるなら、歓迎する」
「……ありがとう………ございます………」
「……籍は私の娘では無く、親族籍だ。本家のロナリコフ家の扱いではないから、立場を弁えるように。まずは離れからこの建屋に越してこい。部屋は用意させる。引っ越しは、明日だ」
「畏まりました」
話は終わったと背を向けるカイオン様に一礼して部屋のドアを開けた。少し冷たい廊下の空気が頬を撫でる。
「エラ」
私の背にかかるカイオン様の声に、ひやりとしたものを感じた。
「落ち着いたら私の執務の手伝いをさせる。……殿下の妾になるのであれば、それはそれで良い。また状況を教えろ」
「畏まりました」
再び深々と礼をした私は、今度こそパタンと扉を閉じた。
母屋への引っ越し。ロナリコフ家の一員となること。
親族籍ではあるものの、望んで手にした野望を達成した今、喜ぶべきなのは分かっている。
でも。
柔らかなワンピースの生地の優しさが、毒のように感じた。
お読み頂いてありがとうございます。
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ついに貴族の仲間入りを果たしたカサンドラ!
「何この当主!カサンドラ負けんな!」と思ってくれた優しい読者様も、
「ククク……私にはわかる」と思った未来が見える方も、
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