008 ドラゴン少女
回収した食料や酒には毒などは含まれておらず、鳥の数も増えてきた為、そこから先はあまり困ることもなく、無事にミントちゃんが連絡可能になるというポイントまで到達することが出来たのだが……。
「おかしいっすね? 誰も、出やがりませんよ……?」
何故か、全く連絡が取れないらしい。
「この距離なら何の問題もない筈なんすけど……」
「もしや、モカ様の魔法陣が強すぎた為、大気中の魔素に影響が出ているのではないでしょうか?」
「姫さま、仮にそうだとすると、今頃は世界中が大パニックっすよ?」
姫様が良くわからない理由付けを初めたのだが、この世界では完全におのぼりさんな私にそんな事が解るわけもなかった。
この、何でだか都合よく荷物鞄の中に存在した、決められた時間ごとにちょっぴりしか中身のお酒を出してくれない謎の容器は、もしかしたらアル中のヤバい戦士を手懐ける為の代物とかだったんじゃないかなあ……? とか考えながら、ちょっぴりだけ、麦酒を口に入れた。
ごく少量だが、私の身体の中に爽やかな元気が染み渡っていく……。
魔力で中身が新鮮で冷えたままになる特殊な容器ですが、使いますか? と言い出したのはロレッツさんで、こうして少量ずつのマヌガルビーを定期的に飲むようにしたお陰で、大分マトモに喋れるようになった私だけど……ずっとお酒を飲んでいるアレな人っぽいビジュアルに近づいてしまっているのを感じる。
ちなみに。特段知的に優れているとかではないので、喋れる事の意味があるのかは怪しいのだが。やっぱり麦酒はゴクゴクいっぱい飲みたいなあ……。
「魔法陣の強さとか、魔素とか、詳しいことはわかんない。ロレッツさんは、わかる?」
「いえ。……強力な魔法で通信魔法等に影響が出ることはありますが、これ程の長時間はありえませんね……」
城まではあと5日程。第四魔術防壁塔までは1日もかからないらしく、実際、もうその立派な姿が岩山や森の向こうに見え隠れしていた。
「変っすよ。この距離なら、防壁塔の魔術騎士が確実に受……」
その時、何故か周囲の時間が止まったような、不思議な感覚を覚えた。そして、何者かは全くわからないが、兎に角とんでもない存在が塔の方向から此方に向かって真っ直ぐ一直線に向かってきている事を感じ取ってしまった。
何も考えていないのに、自然に手が前に出る。空気中に指でサッと描かれた魔法陣は、脳内の情報によると防衛結界の魔法陣らしい。簡易だが、私と同じくらいの力で殴りつけても百発は耐えられるという頑強な代物だ。
そんな結界が、次の瞬間、いきなり叩きつけられた、たった一撃で崩壊した。念の為大量にコピペしていた為、此方側には攻撃は届かず特に問題はなかったのだが……結界の向こう側では、ゆっくりと、しかし恐ろしい勢いの爆炎と爆風が巻き起こり、自然環境がめちゃくちゃに破壊されていくのが見える。
3人には、知る限りで最強の結界術を施す。魔法陣を使わない特殊なこの結界ならば、余程のことが無ければ破られることはない、という根拠の良くわからない自信があった。これが破られて3人が死んでしまうような事があるならば、もう仕方がないことかもしれない。その時の私は、何故かそんな、やけにドライな考えを浮かべていた。
そんな中、多重に張られた防衛結界を安々と破壊し、此方に向かって進んできた者……頭に角が生えていて、背中には翼。大きな尻尾が生えた、やけに容姿の整った全裸の少女が、遂に私の前に姿を現したのだ。
少女は私を見て、かわいい顔でニヤ~ッ! と、悪そうな笑みを浮かべている。
「うわっ、なんすか!? なんなんすか~!?」
「あの子は……!? ま、まさか!? 何故!?」
ミントちゃんと姫様が、目の前の少女を見て戸惑っているのを感じた。私だって戸惑っている。ばら撒いた虐殺魔法陣で処分されなかったということは、敵ではないか、虐殺魔法陣よりも強い敵だということなのだから。
「あなたは、誰? 何の目的でここに? あと、服、着ますか?」
とりあえず。念の為に。私は、最大限頑張って声を出し、裸の少女に対して至って常識的な対話を試みたつもりだったのだが。
「―=―・・ ―――=―=三三――・・・!!!」
笑みを浮かべたドラゴン少女の口から聞こえてきたのは、その可愛らしい口から出てきたとは思えない、耳が悪くなりそうな謎の叫び声だったのだ。
折角可愛い顔をしているのに全く話が通じない少女の腹が発光し、その光が両胸に移動して膨れ上がっていく。……これは、私が猿の死骸を消すのに使った、あの強烈な火炎放射の類だろう。
満面の笑みを浮かべた口が大きく開き、喉の奥から激しい閃光と共に強力無比な破壊力が吹き出そうとするのと、私が高速で移動して彼女の顎に対して下から強烈なアッパーを食らわしたのは、ほぼ同時だった。
強制的に閉じられた口の中で自らのブレスを爆発させ、ダメージを食らわせたかと思いきや、黒焦げの煙を吹き出した程度で殆ど問題がない様子だ。その目は謎の喜びに満ち満ちており、すぐさま、アッパーを放ったばかりの無防備な私に向かって、その口を開いた。
次の瞬間、私はその少女の口から物凄い勢いで噴出された強烈な火炎に飲み込まれ、その圧倒的な破壊力で全身余すこと無く完璧にこんがりと焼き上げられた筈だった。要するに婆ドラゴンの丸焼きが完成したはずだったのだが、何故か、殆ど痛くも痒くもない。
「―==・・・!? 三=――==!!!」
続けて、何百発もの火炎が私に叩き込まれた。痛みを感じなくなるくらいまでボロボロにやられた私に、念の為追い打ちって事なのだろうか?
しかし、私の身体は相変わらず何の問題もなかった。おかしいぞ? と思い、見て、触って確認してみたのだが、前と変わらずぷにぷにで、つやつやで、端的に言うと、とても若い裸体!
身体を包んでいたマントは焼けて吹っ飛んでしまったが、私の裸は丸焼きの黒焦げにはなっておらず、むしろこの見た目ならば申し分なく需要があるに違いない状態だったのだ。
それに対して、相手の状態はあまり良いとは言えない。
目を爛々と輝かせ、相変わらず笑顔なのだが……顎にキメたアッパーカットで脳を揺らした結果が普通に足に来ているらしく、よく見るとまともに立てずにガクガクと震えている。ブレスを吹くのにも限界があるようだ。
「何故、戦うの? 私は、別に戦いたくないのだけど」
「=三―=――=・・・!!!」
うん、やはり言葉は通じない。兎に角、何かこの子を束縛できる手段は無いだろうか? と、思った次の瞬間には、脳内に描かれた魔法陣を空中に描き出して、放っていた。
説明によると、この束縛の魔法陣は、捉えた相手の力を奪って更に束縛の力を強くするという。割と高度な魔法陣らしく、攻撃や防衛などのお手軽さにに比べると、力を多めに使っちゃったかも……? という感覚を覚えてしまった。
だが、笑顔のドラゴンはこの魔方陣を爪で簡単に引き裂いてしまった。よく見ると、引き裂かれた魔法陣が彼女の身体にずるずると吸い込まれており、力を奪われるどころか逆に破壊した魔法陣の力を吸収しているように見えた。
「魔法陣同化の力……間違いありません。あれは『祖母式:魔笑奇伝の微笑ドラゴン召喚魔法陣』で呼び出される、モカ様とは別種の最強ドラゴンです!」